345話 最深部へ
「話はまとまったかなー?」
折を見て、リリィがそう声をかけてきた。
振り返り、頷いてみせる。
「大丈夫」
「それならよかった。やっぱりやめた、なんて言われたら、まあまあ面倒なことになっていたからねー」
その面倒なことというのは、どういう内容なのか?
もしかして、力づくで言うことを聞かせるつもりだったのか?
気になったものの、追求しない方がいいと思い、スルーしておいた。
「それで、試練の内容は?」
「魔王の魂を具現化して、それを倒す。まあ、簡単に言うと、勝負をしてどっちが上かハッキリさせる、っていう感じかなぁ」
「そう言うと、すっごいお気楽な内容に聞こえてくるね……」
実際は命を賭けた戦いになるだろう。
それと、負けた場合は俺だけの問題じゃなくて、みんなにも……世界にも影響が及ぶと思う。
絶対に負けられない戦いだ。
「じゃあ、図書館ダンジョンに向かってくれる?」
「え、どうして?」
「あそこの最深部が試練の場所になっているんだよねー」
最深部に、そんなところがあっただろうか?
「秘密の場所だから、普段は封印されているの。今は、シノがそれを解除しているところかなー」
「なるほど」
と、いうことは……
リリィは、俺が断らないことを予想して動いていた、ということだ。
のんびりしているように見えて、なかなか油断ならない相手だ。
今のところ、俺達の味方だと思う。
ただ、未来永劫ずっとそのままかというと、どうにも怪しいところがあって……
気がついたら騙されていた、なんてこともありそうだ。
そんなことにならないように、注意しておかないと。
――――――――――
準備が整い、いざ図書館ダンジョンへ。
入り口へ移動して、攻略を開始……
「ちょっといい?」
……というところで、レティシアに呼び止められた。
二人だけで話をしたいらしく、みんなに断りを入れてから、少し離れた場所へ移動する。
「どうしたの?」
「……」
レティシアは難しい顔をしたまま、なにもしゃべらない。
意味もなく呼び止めた、ってことはないと思うけど……
うーん。
レティシアの考えていることがわからない。
小さい頃は、言葉がなくても、なんとなくわかったんだけど……
昔を思い返して、ちょっとしんみりしてしまう。
「本当にいくのね?」
ややあって、レティシアはそう問いかけてきた。
反対の立場は変わらず。
ただ、止めるために声をかけたのではなくて、確認のため、という様子だ。
「いくよ」
「私がダメ、って言っているのに?」
「うん、いくよ」
「どうしても?」
「どうしても」
「……」
ものすごい勢いで睨みつけられた。
ちょっと怖い。
「……はぁ」
少しして、ため息。
手のかかる子供を相手にしたような感じで、やれやれと頭を振る。
「そういうところ、変わらないのね」
「そういうところ?」
「なんでもないわ」
ふと、今のレティシアに懐かしさを覚えた。
小さい頃、一緒に遊んだ時のような……
泥だらけになるまで、外を駆け回った時のような……
そんな懐かしい思い出の欠片。
それを手にしたような感覚で、温かい想いが……
「じゃ」
「あ、あれ?」
レティシアは踵を返す。
「話って、今ので終わりなの?」
「そうよ」
「えぇ……」
「なによ。がんばって、とか激励してほしかったわけ? はっ、そんなことするわけないでしょ! どうして、この私がハルなんかを激励しないといけないの。ありえないんですけど」
いつもの毒舌だ。
なぜか安心してしまう。
「……」
それ以上なにも言わず、レティシアはみんなのところへ戻った。
本当になんだったんだろう?
気になるけど……
「うん」
今のは、レティシアなりの激励と思うことにしよう。
前向き、前向きでいないとね。




