341話 お約束
学術都市に向けて馬車を走らせる。
前半、思わぬ足止めを食らってしまったものの……
その反動なのか、後半はスムーズに行程を消化することができた。
一週間。
特になにも起きることがなく、旅は順調に進み……
学術都市まで、あと数日というところに来た。
この調子なら、思っていた以上に早く到着するかもしれない。
そんなことを思っていた時、
「ねえ、ハル。今日はこの辺りで休みましょう?」
ふと、アリスがそんなことを言う。
「休むのはいいんだけど、まだ昼だよ? もう少し進んでからにしない?」
「それだと都合が悪いの。ちょうど、この近くに湖があるみたいだから」
「湖? なにかあるの?」
「……はぁ」
アリスにジト目を向けられてしまう。
「いい、ハル? 宿場街がなかったから、ここ最近、ずっと野宿だったでしょう?」
「うん、そうだね」
「だから、色々と気になるの。お風呂とまではいかないけど、水浴びをしたいの。わかる?」
「あっ……ご、ごめん。そうだよね」
その点に思い至らなかった自分が恥ずかしい。
たぶんアリスは、自分が水浴びしたいというのもあるだろうけど、アンジュやクラウディアのために言っているのだろう。
アリスは冒険者だ。
ダンジョンなどに潜れば、一ヶ月、水浴びもなにもなし、という状況はある。
でも、それは冒険者だから問題ない。
慣れることができる。
だけど、アンジュとクラウディア、ナインは冒険者じゃない。
たぶん、我慢をさせてしまっているだろう。
「ハルさん、すみません……」
「どうか、お嬢様に水浴びを」
二人は申しわけなさそうにして、
「あぁ、水浴び……」
クラウディアは夢見心地な顔をしていた。
よほど我慢していたのだろう。
そこまでさせていたことに、今更ながら気づいて、本当に申しわけない。
「ふんっ」
ちなみに、レティシアはいつも通りだった。
――――――――――
馬車を止めて、さっそく水浴びをすることに。
アリス達は服を脱いで、裸身を水に晒す。
ひんやりとした感触は心地よく、思わず顔がにやけてしまう。
汗などが流れ、匂いが取れていく感覚もたまらない。
「はぁあああーーー……」
アリスは恍惚とした表情さえ浮かべていた。
ただ、それは他のみんなも同じ。
アンジュもナインもサナもシルファもクラウディアも、みんな気持ちよさそうにしている。
唯一の例外が、レティシアだ。
どことなく不機嫌そうな顔をしつつ、黙々と水浴びをしている。
楽しんでいるという様子はなくて、体の汚れなどを落とす作業という感じだ。
「あ」
目が合う
「ふんっ」
不機嫌そうな顔をされて、顔ごと視線を逸らされてしまった。
それを見たアリスは、どことなく違和感を覚える。
今までのレティシアなら、「なに見てるのよ?」と怒鳴りつけてきたはずだ。
あるいは、「コロスワヨ……?」と物騒な台詞を放ってきたはずだ。
しかし、それがない。
「……気になるわね」
アリスの直感がこう言っていた。
今のレティシアは、なにかが違う……と。
一度気になったらもう止まらない。
アリスは、そっとレティシアのところへ。
「ねえ」
「……なによ?」
声をかけると、レティシアは警戒する野良猫のような反応を見せた。
アリスを睨みつけて、いつでも動けるように体勢を整える。
「そんなに警戒しないで。ただ、話がしたいだけだから」
「私は、話なんてないんだけど」
「まあまあ、そう言わずに」
強引に話を進めて、アリスは隣で水浴びをする。
レティシアはあからさまに嫌そうな顔をしてみせるものの、それだけだ。
実力行使で追い払おうとはしない。
そんな彼女を見て、アリスはピンときた。
乙女の直感だ。
「……ねえ、レティシア」
「なによ?」
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど……ハルの昔話とか、そういうの聞かせてもらってもいい?」
「そんなのハルに聞きなさいよ」
「せっかくだからガールズトークをしたいの。それで、ハルの恥ずかしい昔話とかあったら教えてほしいの。ほら、そういうの楽しそうでしょ? まあ、ハルには悪いけど」
「だーかーらー、知らないわよ!」
「そ。ならいいわ」
アリスはあっさりと引き下がり、
「ところであたし、ハルのことが好きなの」
なんてことない様子で、爆弾発言をしてみせた。




