337話 どうしよう?
「……」
サナはぼんやりとした表情で村の中を歩いていた。
細かい作業を必要としてきたため、復興作業は一時中断。
そういうのが苦手なサナは、休憩も兼ねて散歩をすることに。
「……むぅ」
散歩をしても心が晴れることはなくて、余計にもやもやしてしまう。
曇りだ。
太陽の光がまったく差し込んでこない。
心の行き先もわからなくて……
迷子になった子供ような心細さを覚えた。
考え事をしつつ歩いていたせいか、ドンと壁にぶつかってしまう。
「む?」
「お?」
壁ではなくてアルサムだった。
アルサムは大きな体を横にしてくつろいでいて、時折、近くにある池の水を飲んでいた。
完全なリラックスモードだ。
ドラゴンの威厳なんてものは欠片もない。
ただ、そんな姿を見せるということは、ここにいる村人達に心を許しているということ。
いきなり変わり過ぎだろう、とサナは思った。
出会った当初は、ドラゴンらしく尊大にふるまっていたものの……
今では、最初から村人達の一員でした、という感じでものの見事に溶け込んでいる。
本当に変わり過ぎだ。
……いや。
というよりは、これが彼の本来の姿なのだろう。
見知らぬ相手に警戒するのは当たり前。
己を強く大きく見せることも当たり前。
しかし、村で暮らすことになった今、村人達は家族同然。
そうやって懐に受け入れたのだから、自然体を見せるのも当たり前なのだろう。
「どうした? なにか浮かない顔をしているな」
「……そんなことないっすよ」
「そんなことある」
「むう」
サナは思わず口をへの字にしてしまう。
アルサムは兄らしいが、兄という実感はない。
他人に近い感覚だ。
それなのに、簡単に自分の心を口にしてしまう。
その違和感と居心地の悪さ。
どうにも落ち着かなくなってしまう。
「なにか悩み事か?」
「それは……」
「よかったら相談に乗るが?」
「……実は」
気がついたら、サナは悩みを打ち明けていた。
相手がアルサムだからなのか。
それとも、誰でもよかったのか。
それはわからないが、これからどうすればいいか悩んでいることを話す。
「ふむ」
「自分はどうしたらいいっすかね……?」
「答えは簡単だ」
「え?」
「この村に残ればいい」
「……残る……」
アルサムは断言するが、サナはしっくりと来ない。
なんとも言えず、返事を口に出せないでいると、アルサムはそのまま言葉を続ける。
「一人前のドラゴンは、己の巣を持つものだ。お前も、そろそろ巣を持ってもいいだろう」
「自分、一人前っすか……?」
「力は十分だろう。その他は、まあ、おいおい学んでいけばいい」
「……一つの巣にドラゴンが二匹とか、ありっすか?」
「問題ない。二匹いることに問題があるのなら、番は一緒にいられないだろう?」
「それもそうっすね……」
それなら、自分を一人にしないでほしかった。
孵化に長い時間がかかるとしても、一緒にいてほしかった。
不意に、サナはそんなことを叫びたくなった。
無性に悲しく、寂しくなった。
ただ、それらの感情はぐっと我慢して、涙は見せない。
「……そもそも、お前と一緒にいた人間はよくないな」
「え?」
「どうにも嫌な感じがする。一緒にいて、百害あって一利なし、というやつになるだろう」
「それは……」
アルサムは、ハルの中にある力。
そして、レティシアが魔人であることを見抜いているのだろう。
そんな彼らと一緒にいるとよくない。
それはわかる。
わかるのだけど……
「あんな人間達と一緒にいることはない。無意味だ。ここで一緒に……」
「そんなことないっす!!!」
自然と言葉が飛び出した。
一度飛び出した感情は、もう止まらない。
「師匠は優しいっす! そりゃあ、色々とあるっすけど……でも、いつも一緒にいてくれて、自分に笑いかけてくれるっす! なでなでしてくれて、寂しい時は慰めてくれるっす!」
「……」
「アリスは厳しいけど、でも、それは自分のためで……アンジュは、その分、すごく優しいっす。ナインはビシッとしてるけど、色々とよくしてくれて、クラウディアは賢くて、色々なことを教えてくれるっす。レティシアも色々あるけど、でも、悪いヤツじゃないっす!」
一気に感情を吐き出して、
「みんなは、みんなは……自分は、みんなが大好きっす!!!」
「なら、答えは出ているではないか」
「……あ……」
ハッとした様子で、サナは顔をあげた。
アルサムと目が合う。
こころなしか、アルサムは優しい顔をしているように見えた。
「……ありがとうっす!」
サナはそうお礼を言い、駆け出した。
そんな妹を、アルサムは優しい目で見送るのだった。




