335話 欲張りでいい
「世界を……?」
それはどういう意味なのだろう?
俺の知識はまだまだ足りない。
もっと多くのものを知れ、ということか?
それとも……
「なんとなくではあるが、お前が抱える複雑な事情はわかる。普通に考えて、それらを全て解決することは不可能だが、しかし、成し遂げようとしているのだろう?」
「はい」
「なら、もっと世界を知るといい。今、お前が持っている情報は表にすぎない。裏に隠されているものを探り、手に入れろ」
それはつまり……
俺の知らない情報が隠されている?
そして、それが現状を打開するための鍵になる?
俺はなにを知らないのか。
知らないものを知ることで、なにを知ることができるのか。
アルサムはすでに知っているのだろう。
でも、それを聞いても素直に答えてくれるとは思えない。
自分の目と耳で確かめろ、ということだろう。
「とはいえ……ふむ。ヒントもなにもなしでは、わかりづらいか」
「あはは……そうですね。今のところ、さっぱりです」
「なら、悪魔について調べるといい」
「悪魔を?」
「今、お前が持っている悪魔の情報は表面的なものだ。奥に隠されている、真実に触れていない」
「……真実……」
「それが、やがて世界を知ることになるだろう」
旅に出て色々な事件に触れてきた。
たくさんのものを知ってきた。
それでもまだ、足りないのだろうか?
俺の知らないもの、触れていないものは、いったい……
「あーっ!」
聞き慣れた声が響くと同時に、ドンッという衝撃が。
「師匠、見つけたっす! こんなところでバカ兄貴と一緒になにしてるっすか?」
「……痛いよ、サナ」
サナとしては抱きついただけかもしれないけど、勢いとパワーがありすぎる。
「二日酔いはもういいの?」
「はいっす! あの苦い薬草食べたら、スッキリしたっす。今なら、酒樽をまるごと飲み干せそうっす」
「二日酔い以上の危ないことになりそうだから、絶対にやらないでね?」
念を押すように強く言う。
こうでもしないと、サナは本気で飲みかねない。
「で、なんの話をしてたっすか?」
「えっと……ただの雑談だよ」
「こんなバカ兄貴と話して、なにが楽しいっすか?」
「……おい。先ほどから黙って聞いていれば、バカ兄貴とはなんだ。バカとは」
黙っていられなくなった様子で、不機嫌そうにアルサムが言うものの、
「バカだからバカ兄貴っす。アホ兄貴でもいいっすよ?」
「だから……」
「十年以上も巣を離れておいて、乗っ取られた! なんて言うのはバカのすることっす」
「うぐ」
「やーいやーい」
なんていうか……
サナがとても生き生きしているように見えた。
それに、こんな風に誰かをからかうなんて、滅多になかったような気がする。
兄弟だから、なのかな?
「……」
世界を知れ。
その言葉について。
意味について。
しっかりと考えて、情報を集めて、知識を蓄えて……
そして、後悔することのない決断をしなければいけない。
ただ……
その前に、サナについて考えなくてはいけないような気がした。
サナは生まれてからずっと一人で……
俺達と出会うことで、ようやく孤独から解放された。
俺の知るサナはいつも元気で、明るい笑顔を浮かべている。
うん。
それなりにうまくやれていると思う。
でも……
それでも、俺達とサナの間には種族の壁という問題がある。
もちろん、そんなものを理由にサナと距離を置くつもりはない。
これからも一緒にいたいと思う。
だけど、ドラゴン同士でしかわからないことがあるだろう。
同じ種族だからこそ、本当に孤独を埋められることもあるだろう。
「……これからのこと、考えないと」




