33話 黒幕の思惑
「聖女の嬢ちゃんは、この後の予定は?」
アンジュとナインとジン。
この三人だけになり、最初に口を開いたのはジンだ。
後の予定を確認するという、なんてことのない話。
「そうですね……私は捜査に参加することはできませんが、この家にある資料を調べてみたいと思います。聖女のこと、大神官のこと……色々とあるので、ひょっとしたらハルさんの手助けができるかもしれません」
「へぇ、みんなと言わず、兄ちゃんと断定するんだな」
「えっ!? あ、いえ、それはその……!?」
「はははっ、悪いな。ちょっと意地悪を言ったか」
「……お嬢さまに失礼を働くのならば、ジンさまをオータム家の客として扱うことはできなくなりますが」
「そんな怖い顔しないでくれ。ちょっとからかっただけだろう?」
「……」
「まあ、この屋敷にいるのなら、調査とやらを邪魔する気はないさ。好きにしてくれ。っていうか、俺もちと野暮用で出かけるからな」
「そうなんですか?」
「聖女の嬢ちゃんに問題がないこと。その他、細かい報告をしないといけないんだよ。あぁ、言っておくが、俺がいない間に外に出たりしないでくれよ? そうなると、立場が悪化するからな」
「はい、わかりました」
念押しするように言った後、ジンは部屋を出てアンジュとナインと別れた。
そのまま屋敷の外へ。
前言したように冒険者ギルドへ……立ち寄らない。
ギルドを通り過ぎて、街の中心部から離れていく。
アーランドは大きく栄えている街だ。
中心部に領主の館があり、波紋が広がるように住宅や商店など、様々な建物が並んでいる。
ただ、街をぐるりと囲む城壁の近くになると、空白地帯が目立つ。
有事の際は危険地帯となるため、城壁の近くは敬遠されているのだ。
そんなところに、一軒の小さな家が。
廃屋というほどボロボロではないものの、掃除はされておらず、あちらこちらが汚れている。
一見すると、家主はいないだろう。
そんな家にジンは足を踏み入れた。
尾行がないことは確認済だ。
「よう、調子はどうだい?」
「あっ……ジンさん」
中にいたのは、アンジュと同じくらいの歳の女の子だ。
陽に焼けているかのように、肌が少し黒い。
どこかおどおどとしたような感じで、気弱な印象を受ける。
ロナ・ファルン。
アンジュを聖女の座から降ろそうと画策する者……
そう思われている、アーランドの教会の大神官だ。
「俺が言ったように、もう一人の偽者に接触してくれたみたいだな」
「あ、はい……ジンさんの言うように、教会の人に調査をしてもらって。すぐに特定できたので、わりと簡単でした」
「そっか、よかったよかった」
「あの……」
ロナはびくびくとしながらも、ジンに問いかける。
その顔には、疑問の色が乗っていた。
「本当に、これで大丈夫なんでしょうか……?」
「ん? なにが?」
「アンジュは教会の関係者に狙われている。だから、私が囮となるべく、アンジュの名前を騙り、犯人を誘い出す……そう聞きましたが……」
「おう、そうだな。他の大神官も、そう話していると思うが……なにか不安なのかい?」
「えと、なんていうか……ちょっと強引な気がしないでもなくて……本当にこんなことをする必要が……」
「あー……甘い、甘いな」
「えっ?」
「俺らが相手にしようとしてるのは、聖女を狙うような大悪党だ。そんなヤツを相手に、まともな方法は通じないさ。ちょっとした搦め手が必要になる。だから、あえてこんな手を使っている、っていうわけさ」
聞く人が聞けば……
それこそハルが今の話を聞けば、いやいや待て、とツッコミを入れているだろう。
アンジュが狙われているからといって、ロナが囮になる必要なんてない。
教会の関係者に狙われているという確かな証拠は?
また、レティシアに接触した理由は?
疑問がたくさんだ。
しかし、ロナはとても気が弱い女の子だ。
とても優しい心を持つために大神官に選ばれたものの、いざという時に前に出ることができず……
相手の勢いに飲まれ、自己主張できない場面が多々あった。
今回も今までと同じように、ジンの主張に流されてしまう。
「それとも、大神官の嬢ちゃんは俺らがウソをついているとでも? 危ない目にあった嬢ちゃんを助けた俺を、疑っているとでも?」
「い、いえっ、まさかそんな……ジンさんは命の恩人です。そんな方を疑うなんてこと、私は……」
「そう言ってもらえると安心するぜ。大神官の嬢ちゃんを……ひいては聖女の嬢ちゃんを助けるためにやってることなのに、当の本人から疑われたらたまらないからな」
ジンはにっこりと笑う。
そして、心の中でも笑う。
ロナの命を狼藉者から救ったという話。
それは確かに本当のことだ。
ただ……
(ソイツは俺が雇った犯罪者崩れで、自作自演なんだけどな)
心の中で黒い笑みを浮かべる。
なんてちょろい。
こんなに簡単に人を信じるなんて、大神官さまの心の清らかさに感謝感謝大感謝だ。
ジンは、そんなろくでもないことを考えていた。
「こいつを渡しておく」
ジンは耳栓に似た魔道具をロナに渡した。
「これは……通信機ですか?」
「ああ。こいつを使えば、ある程度の距離が離れていても、互いの声を届けることができる。魔法を使った念話のようなものだな。いざっていう時はコイツを使って指示するから、それに従ってくれ」
「はい、わかりました」
「じゃ、次の指示があるまでは、こんなところで悪いが待機しててくれ。なあに、すぐに事件を解決してみせるさ」
「わかりました……あ、あのっ」
家を出ようとしたジンを、ロナが呼び止めた。
「私と……それとアンジュのために力を貸していただき、その、ありがとうございます」
「……いいってことよ。この街のためになるなら、俺は喜んで働くぜ」
ジンは気のいい笑みを見せて、今度こそ家を後にした。
――――――――――
「この街のために……ねぇ」
家を出てしばらく歩いたところで、ジンは、耐えきれないという様子で笑った。
とても下品な笑い声をあげた。
「この街のためといえばそうなるが……正確に言うと、この街の権力者のためなんだよなぁ」
ジンの本当の依頼主は、さきほど話に出てきた、ロナに話をしたという別の大神官だ。
その者こそが元凶であり……
そして、悪しき意思を実行するジンこそが、黒幕である。
ジンの依頼主の目的は、聖女であるアンジュと大神官であるロナの排除。
清廉潔白すぎる二人は邪魔なのだ。
とはいえ、聖女や大神官を殺してしまうと、さすがに問題が大きくなりすぎてしまう。
だから、あるはずのない罪を被せて舞台から降りてもらう。
ジンの元、そんな計画が練られたのだ。
「くくくっ……計画は順調だ。このままロナを犯人に仕立てあげて……ついでに、一部の罪をアンジュに被せてしまえばいい。失敗する可能性なんてない。なにしろ、誰も俺のことを疑っていないんだからな! はははっ……はーっはっはっは!!!」
勝利を確信して、高笑いを響かせるジンではあるが……
彼は知らない。
すでに、ハルに疑われているということを。
そんなことも知らず、ジンはとても気持ちよさそうに高笑いを続けるのだった。
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