326話 複雑そうで複雑でもない
「え?」
予想すらしていなかった単語が飛び出して、思考停止してしまう。
他のみんなも似たような感じで、ぽかーんとしていた。
その間にドラゴンが目を覚まして、サナを睨みつける。
「グルルルゥ……!」
「ぐるる、じゃないっすよ! このストーカー!」
「ギャン!?」
よくも迷惑をかけてくれたな、というかのように、サナはドラゴンを殴る。
「師匠達にもわかるように、普通の言葉でしゃべるっす!」
「……くっ、いきなり手をあげるとは!」
「襲ってきたんだから、殴って当然っす!」
「昔は、このような子ではなかったのに……サナ、どうしてしまったのだ!?」
「自分は、昔っからこんな感じっす! っていうか、名前まで知ってるとかキモいっす、うぅ……」
「き、キモ!? くうううっ……!」
なにやらケンカを始めてしまう二人。
えっと……俺達はどうすれば?
……なんて。
置いてけぼりを食らってしまうのだけど、それではいけないと我に返る。
「えっと……サナ、どういうこと?」
「あ、師匠、すまないっす。ストーカードラゴンが迷惑をかけたっす」
一応、やめてあげて。
そんなとても不名誉な種族名っぽいく言うのはやめてあげて。
「知り合い……なの?」
「知り合いじゃないっす。一方的に付きまとわれているっす」
サナ曰く……
生まれてしばらくした頃、このドラゴンに出会ったらしい。
最初は世話を焼いてくれたのだけど、なぜか、必要以上に距離が近く……
そのことをイヤに思ったサナは、ドラゴンから離れることにした。
しかし、ドラゴンは追いかけてきて、しばらくの間、壮絶な追いかけっこを繰り広げたという。
「やっとこさ撒いたと思って、平穏な生活が戻ってきたのに……こんなところで、また出会うなんて。やばいっす」
「ま、待て! 俺はストーカーではない!」
「ずっとつきまとって、追いかけてくるヤツはストーカーっす!」
「うぐっ。そ、そう言われるとそうかもしれないが……し、しかし、そんなものではないのだ! 俺は……」
複雑そうで、そんなに複雑でもない関係?
いや。
そんな簡単に決めたらいけないか。
とにかく、ドラゴンの方から話を聞こう。
「サナはこう言ってるけど、あなたは違うと?」
「当たり前だろう! 俺はストーカーなどではない!」
「なら、いったい?」
「俺は……サナの兄だ!」
「「「……」」」
しばらくの沈黙の後、
「「「えええええぇーーー!!!?」」」
サナを含む、全員の驚きの声が響いた。
――――――――――
「俺の名前は、アルサムだ」
ひとまず拘束を解いた後、サナの兄を名乗るドラゴンはそう名乗った。
そのまま、話を続ける。
「俺はストーカーなんてしていたわけではない。ただサナが心配で、様子を見ていただけだ」
「自分の心配……?」
「そうだ。兄が妹の心配をするのは当たり前のことだろう?」
「でも、孵化した時、自分は一人で……」
「そうだな。ドラゴンの常識からしたら、俺がおかしいのかもしれない。しかし、ずっとサナのことが気になっていてな。放っておくことはできず、探し出して面倒を見ようと思ったのだが……」
「……」
心配されていたと聞いて、サナがとても複雑そうな顔に。
それもそうだろう。
サナは今までずっと、一人だと思っていた。
家族のことを知らなかった。
それなのに、いきなり兄が現れて……
心配していたと聞かされても、実感はないだろう。
「でも、どうして兄って名乗らなかったんです?」
「それは、その……いきなりは恥ずかしいだろう」
あ。
わかった。この人、めんどくさい性格だ。
「そのせいでサナに勘違いされて、逃げられた……と」
「うぐっ」
困った人だった。
いや、ドラゴンか。
「でも、本当にサナさんのお兄さんなんですか?」
アンジュが不思議そうに言う。
疑っているというよりは、単純に謎に思っただけみたいだ。
「そう言われると、証明するものはないが……しかし、見ればわかるだろう?」
サナとアルサムを見比べる。
確かに、二人の顔立ちは似ているような気がした。
それに、ドラゴン形態の時の鱗の色は一緒。瞳の色も一緒。
同じエンシェントドラゴンというだけではなくて、それ以上の繋がりを感じる。
「自分に家族が……」
サナはどうしていいかわからない様子で、尻尾をゆらゆらと揺らしていた。




