32話 疑惑
ロナ・ファルン。
平民ではあるものの、アンジュと非常に仲が良くて、実の姉妹のように育ってきた。
アンジュとロナは、共に神官を志して、教会へ通うように。
二人は才能があり、みるみるうちに力を身に着けた。
そして……
アンジュは聖女候補として選ばれて、ロナは大神官に任命された。
二人の年齢を考えれば、どちらも異例のことである。
以降、二人は己の職務に全力を注ぐように。
アンジュは真の聖女になるために。
ロナは、大神官として街の人々を救い、正しい道へ導くために。
共に『誰かのために力になる』ことを目標として、一人前になるために励んだ。
「ただ……最近は連絡をとっていませんでした。私は巡礼の旅が。ロナは大神官を務めるための勉強が。それぞれに忙しく、なかなか時間が……でもまさか、ロナがそんなことを考えていたなんて……なにかの間違いじゃないんですか?」
「どうかしら? 相手は、確かにロナって名乗ったわ。ちょっと肌が黒くて、髪は短め。歳はあんたと同じくらいで……そうね、首にホクロがあったわ」
「それは……じゃあ、やはりロナが……」
アンジュはショックを受けている様子だ。
それも仕方ない。
幼馴染の親友が自分を陥れようとしていたなんて聞かされて、平静ではいられないだろう。
アンジュは大丈夫だろうか?
今、とても辛いはずだ。
「……大丈夫か?」
「あ……ハルさん……」
気がつけば、アンジュの手を握っていた。
彼女は驚いたような顔をするものの、こちらの手を払おうとはしない。
「なにができるっていうわけじゃないけどさ……でも、俺がいるから。アリスもナインもサナもいる。この前、アンジュが言ってくれたように……一人じゃないから」
「……はい、ありがとうございます」
ちょっと涙を浮かべつつも、アンジュは笑顔になる。
よかった。
どうやら、心を持ち直したみたいだ。
「これらの情報を元に、ギルドに動いてもらうことは?」
「……ちと難しいな」
ジンが顎のヒゲを撫でながら言う。
「勇者の嬢ちゃんの話ってことにすりゃ、信じてくれると思うが……その場合、なんで大神官の嬢ちゃんが勇者の嬢ちゃんに接触してきたのかを説明しないといけない。そこを話すのはNGなんだろ?」
「当たり前でしょ! そうさせないために、協力してあげるんだから」
「ってなると、話ができないわけだ。そもそもの話、大神官の嬢ちゃんが犯人っていう確たる証拠もない。まずは、そこから固めていかないことにはなんとも……」
「なによ。私の言葉なのに、動かないっていうわけ?」
「個人ならともかく、組織が動くとなるとそれなりのもんが必要になるのさ。まあ、面倒って言われたら否定できねえけどな。でも、そういうもんだろ?」
……うーん?
ジンの言うことは正論なんだけど……正論すぎるというか、やはり気になる。
見方によっては、ロナに向けられた疑惑を逸らそうしているようにも見える。
気の所為だろうか?
「なら、まずはロナについて調べてみようか。アンジュとナインは、このまま家に。俺とアリスとサナで、そうだな……最初は聞き込みをしてみようか」
「私は?」
「レティシアは……」
場を引っ掻き回されるのが一番困るので、なにもしてほしくないというのが本音だ。
「勇者のコネを使って、情報を集めてくれないか?」
「くれないか、じゃなくて、くれませんか? でしょ」
「8歳の秋の朝、レティシアは公園で……」
「わかったわよ!? わかったからそれ以上は言うな! 言えば殺すわよっ!?」
納得してくれたようでなによりだ。
「そんな形で……さっそく調べてみようか」
「どうか、お嬢さまのことをよろしくお願いいたします」
深々と頭を下げるナインに見送られて、俺たちは屋敷を後にする。
「じゃあ、私は私で好きにやらせてもらうわ。安心しなさい。一応、協力はしてあげる」
「ああ、別々に行動した方がいいだろうな」
「……なによそれ。私と一緒じゃイヤっていうわけ?」
「うん」
「ぐぎぎぎっ……! お、覚えてなさいよっ、そんな生意気な口をきいたこと、いつか後悔させてやるんだからーっ!」
レティシアはとても悔しそうな顔をして、立ち去る。
三流の悪役のような台詞が妙に似合うのは、なぜだろう?
「じゃあ、あたしたちはロナについて調べましょうか」
「あ、そのことなんだけど……アリスには、別のことを頼みたいんだ」
「え?」
「ジンのことを調べてくれないか?」
「ジンを? どうして?」
「うーん、なんていうか……」
俺はジンに抱いている、わずかな違和感について話した。
「俺の思い過ぎかもしれない。ただ、どうにもこうにも気になるというか……なんか、都合がよすぎないか?」
「と、いうと?」
「レティシアが行動を起こして、間もないはずなのにジンがアンジュの元に派遣されてきた。まるでこうなることがわかっていたかのように、とても素早い行動だ」
「なるほど……」
「それに、ロナのことも気になる。ロナが動いていることは間違いないと思うが……だからといって、そうそう簡単にレティシアに接触するか? 他に偽者がいるとわかれば、もっと慎重に動くような気がするんだよな。それこそ、ロナを見つけてくれ、と言っているかのような……そんな何者かの思惑を感じるんだ」
「うーん……でも、ロナがそこまで深く考えて行動していない可能性もあるわよね?」
「うん、それはそう。ただ、ふと思ったんだよ」
先程思いついた、とある可能性。
それは……
「アンジュに罪を着せて、聖女見習いの座を降ろそうと企む者がいるなら……ロナに罪を着せて、大神官の座を降ろそうと企む者がいてもおかしくないんじゃないかな?」
「あっ……」
その可能性は考えてなかったというように、アリスが目を丸くして驚いた。
隣で話を聞いているサナも、なるほど、と納得している。
「これは仮説だけど……レティシアの話を信じるなら、ロナが動いていることは間違いない。でも、その背後に何者かがいるとしたら? そいつはアンジュを失脚させることをロナに吹き込んだ。そして、ロナを操り、色々と行動を起こさせる。しかし、本当の狙いはロナの失脚。途中で事件を発覚させて、ロナに全ての罪を被せて、大神官の座から引きずり下ろす。ついでに、事件を解決した手柄を独り占め……どうだろう?」
俺なりの推理を口にしてみた。
推理にはなっていないか。
根拠が少なく、勘に基づいているため、暴論とも言える。
ただ……色々なタイミングが良すぎるんだよな。
そこがどうしても引っかかる。
「うん、そうね……それはあるかもしれない」
「信じてくれるのか?」
「正直、半々ってところかしら? 根拠が乏しいから、さすがに100パーセント信じるっていうのは無理ね。でも……」
「もしも師匠の言うことが正しかった場合、ロナだけに焦点を絞って捜査するのは危険っす! 師匠の言う可能性も含めて、調査した方がいいっす!」
「あたしの台詞!?」
サナがアリスの台詞を先取りして、そう言う。
「まあ、そんなわけで……アリスには、ジンと……あと、その周囲を探ってほしい。俺の推理が正しいとしたら、ジンもしくはその周囲にいる者が深く関わっていると思う」
「わかったわ。ハルたちは?」
「俺たちは、当初の予定通りロナのことを調べるよ。俺の推理が正しくても正しくなくても、どちらにせよ調べておいて損はないと思うから。色々な情報を得ることができて、最終判断の助けになると思う」
「オッケー。じゃあ、あたしはジンを。ハルとサナはロナを。そういう方向で動きましょう」
「助かるよ。俺の勘に過ぎないから、信じてくれなかったらどうしようかと」
「あたしは、なにがあってもハルを信じるわ」
アリスのまっすぐな視線が俺を捉える。
その瞳には、とても熱い感情が込められているような気がした。
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