31話 一時休戦案
俺の考えた作戦は、こうだ。
レティシアには今まで通り、アンジュの名前を騙ってもらう。
ただ、大きく派手に動いてもらう。
そうすれば、どうなるか?
もう一人の犯人は、レティシアにコンタクトを取ってくるだろう。
うまく利用するためかもしれない。
あるいは、余計なことをして邪魔をされたらかなわないから、止めさせようとするかもしれない。
とにかく、コンタクトを取ってくることはほぼ間違いないと思う。
その時に、相手の情報を掴み取り……
状況によっては拘束させてもらう。
そうすることで情報を集めて、事態を進展させようというわけだ。
「ほへー」
そんな策を話すと、みんながポカンとしていた。
サナなんて、目を丸くしている。
「ダメ……だったか?」
「ううん、そんなことないわ。むしろ、ものすごく良い作戦だと思う」
「ただ……驚きました。ハルさんは、魔力だけではなくて、智謀にも優れているのですね」
「こんな短時間で、よくそのようなことが考えられますね。私はハルさまのことを尊敬いたします」
「さすが師匠っす! さすが賢者っす! 自分は、師匠の弟子であることが誇らしいっす!」
弟子にした覚えはないんだけど……
なんか、このまま押し切られそうな気がしてきた。
「ハルなんかが褒められるなんて……くぅっ」
一人、レティシアは悔しそうにしていた。
「で……どうだろう?」
「そうね……」
話を聞いたレティシアは、思案顔になり、髪の毛を指先でいじる。
レティシアの癖だ。
深く考える時、彼女はよく髪の毛をいじる。
……変わっていないところもあるんだな。
なんとなく、複雑な気分になってしまう。
「まったく、聖女を騙るなんてバカなことを考えるヤツがいるなんてねぇ……」
「それ、ブーメランっすよね?」
「んぐっ……!?」
サナの口撃がレティシアに突き刺さる。
「わ、私のことは今はいいの! それよりも、もう一人の犯人よ! そいつをなんとかしたいから、今言ったように、私に協力してほしいのね?」
「そういうこと。頼めるか?」
「いいわよ」
「え?」
「だから、いいわよ、って言ったの」
「「「……」」」
俺含めて、みんな揃って驚いてしまう。
まさか、こんなにあっさり了承してくれるなんて……
「明日は、雨かしら?」
「いえ、雪かもしれませんよ」
「お嬢さま。槍が降るという可能性も……」
「なんでよ!? 人が素直に協力してあげるって言ってるんだから、そこは喜びなさいよ!? あんたら、揃いも揃って失礼ね!? 協力するのやめるわよ!?」
「その時は、レティシアをギルドに突き出すことになるが」
「うーがーーーっ!!!」
レティシアが頭をガシガシとかいて吠えて……
ややあって、疲れたような吐息をこぼす。
だるそうにつつ、話をする。
「条件があるわ」
「聞こうか」
「私のしたことをなかったことにしなさい」
「つまり……レティシアの詐欺は罪に問わないと?」
「そういうこと。それらも含めて、全部、もう一人の犯人のせいにしましょう。そうすれば、私の名声は保たれるわ」
レティシアがアンジュの名前を騙り、一件だけとはいえ詐欺を働いたことは確定だ。
公になれば、権威の失墜は免れない。
それを避けるために、全ての罪をもう一人の犯人に押し付けてしまおうというわけか。
「……わかった、考えておく」
「ちょ……いいの、ハル? そんなことを勝手に……」
「レティシアに協力してもらった方が色々とやりやすいからな。この際、多少のことは妥協しよう」
「ふふんっ、さすがハルね! 私の偉大な力が必要なこと、ちゃんと理解しているじゃない」
「ただ」と間を挟み、レティシアは言葉を続ける。
「今言ったような作戦はとらなくても問題ないわ」
「どういうことだ?」
「すでに接触があったもの」
「なっ!?」
さすがに、この発言には驚いてしまう。
そこまでとは思っていなかったらしく、みんなも目を大きくしていた。
「聞かせてくれないか?」
「いいけど……うーん。どうしようかしら? 協力するにはするけど、なんか報酬があってもいいわよねー。素直に教えるのも、なんかつまらないわよねー」
レティシアは嫌な笑みを浮かべて、見下すようにこちらを見る。
「まあ、協力関係を結んだわけだし? 教えてもいいんだけど? でもね、ほら……それ相応の態度っていうものがあるでしょ? わかる? ハルの土下座、みたいな―」
「あのね……」
アリスが前に出ようとするが、俺はそれを手で制する。
ここは任せてくれ、と目で合図。
迷うような間を置いて、アリスは元の位置に戻る。
「レティシアがそういう態度に出るなら、俺にも考えがあるぞ」
「へぇ……どうするつもり?」
「……7年前の夏だったかな」
「?」
「その日、レティシアは暑いからってたらふく水を飲んだ。そのまま寝て……トイレに行きたくなって目を覚ましたんだけど、怪談をしていたせいか、怖くて一人でトイレに行けない。どうする? どうすればいい? そうだ、窓から外にしてしまえばいい。そう考えたレティシアは……」
「ちょっ、まっ……ストップストップストップぅうううううっ!!!」
レティシアは顔を真っ赤にして、あたふたと両手を振りながら、俺の胸ぐらを掴んできた。
「ハルぅうううっ! あんた、なんてこと言うのよ!? 私の乙女の尊厳を踏みにじるつもり!?」
「レティシアの態度が悪いから、俺もこういう手を使ったまでだ。ちなみに、ストックはまだまだたくさんあるぞ。幼馴染の特権だな」
「ぐうううぅ……」
「素直にならないなら、もう一ついくか。寒い冬の日、レティシアはスカートなのに頭から盛大に雪に突っ込んで……」
「あああああぁっ!? わかったわよっ、わかったからやめなさい!? でないと、ここで上級魔法を唱えるわよ!!!?」
ちょっとやりすぎたみたいだ。
でも、調子に乗ることをやめさせることに成功。
レティシアはふてくされたようにしつつも、椅子に座り直して、とっておきの情報を口にする。
「……基本的に、ハルたちの推理は正しいわ。今回の一件、アンジュを聖女候補から蹴落とすためにしかけられたものよ。私のは、たまたまタイミングが重なっただけ」
「断言できるのか?」
「相手がそういう風に言ってきたの。で……協力関係を結べないか? とも聞いてきたわ」
「その返事は?」
「保留にしてあるわ。うさんくさいから、即答なんて無理」
「ふむ……名前は聞いたんだよな?」
「ええ、もちろん。相手の名前は……この街、アーランドの教会の大神官、ロナ・ファルンよ」
「そんな……!?」
レティシアが口にした名前に、アンジュが誰よりも強く反応した。
口元に手を当てて驚いていて……
信じられないというように、頭を振っている。
たぶん、アンジュとロナという人は親しい間柄なのだろう。
アンジュの反応から、そのことがわかる。
ただ、それを確かめないわけにはいかない。
酷なことかもしれないが……
それでも、全てのことを明らかにしないと。
「アンジュ……知り合いなのか?」
「……はい」
アンジュは青い顔をして、小さな声で……かすれてしまいそうな声で言う。
「ロナは……私の幼馴染です……」
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