298話 幼馴染
「今日はとことん飲むっす! 二次会、三次会、四次会、五次会っす!」
……なんて、サナが暴走していたけれど、もちろんそんなことはしない。
明日、武術大会の最終日なのに、五次会なんてしていたらとんでもないことになる。
酔っぱらい、暴走するサナはみんなに任せて……
俺は一人、夜の街を歩いていた。
「ちょっと寒いけど、でも、これはこれで」
酔った体に夜風が心地いい。
スッキリとして、頭の中がクリアーになっていくようだ。
けっこう遅い時間だけど、メインストリートだから、まだそれなりの人が見えた。
俺達と同じように飲んでいる人。
遅くまで仕事をして、帰路を辿る人。
これから仕事に向かう人。
様々だ。
「これだけの人がいるから、そうそう滅多なことはしないと思いたいんだけど……その辺りはどうなのかな?」
「ふふ」
暗闇に包まれた裏路地から、小さな笑みと共に人影が現れた。
夜の闇に包まれていても、輝いている金色の髪。
宝石のような瞳。
不敵な笑み。
俺の幼馴染、レティシア・プラチナスだ。
「待っていたわよ、ハル!」
「俺は待っていないんだけどね……」
なんとなく、レティシアが近くにいると思っていた。
根拠はない。
本当に、ただの勘だ。
幼馴染だからこそ、そんな感覚を得ることができるのかもしれない。
「待っていた、っていうことは、なにか話でも?」
「そうね。話があるといえば、あるわね」
レティシアは強気な笑みを浮かべつつ、そうすることが当たり前のように言い放つ。
「ハル、私のものになりなさい!」
「えっと……」
「私、反省したのよ? 一緒にいた時、思えば、厳しい態度をとっていたわ。ハルのためを思ってのことだったんだけど、ちょっとやりすぎたわね。そこは、ごめんなさい。でも、それはハルを思ってのことだったの。ハルのためなの。ハルならわかってくれるでしょう? だから、また一緒にパーティーを組みましょう。今度は、ずっとずっと私の傍に置いてあげる。私のものにしてあげる。もちろん、私のことも好きにしていいわ。ふふ、良い話でしょう?」
上機嫌にしゃべるレティシアだけど……
彼女の話はめちゃくちゃだ。
筋が通ってないことはもちろん、根本的に意味がおかしい。
文法もおかしいと思う。
それなのに、レティシアは得意そうにしていた。
自分の話を断るわけがないと、そんな確信を抱いている様子だった。
「……あぁ」
前に会った時は、昔のレティシアに戻っていたけど……
今は違う。
レティシアであって、レティシアじゃない。
もしかしたら。
そんなことは考えたくないのだけど。
……完全に、悪魔に侵食されてしまったのかもしれない。
「……いや、まだだ」
絶望なんてしてやるものか。
そんなものは、まだ早い。
仮に、レティシアの心が潰されて、悪魔の魂に塗りつぶされてしまっとしても……
それでも諦めてなんかやらない。
他の方法を探して、必ず彼女を元に戻してみせる。
そしてまた、昔のように笑い合うんだ。
「ねえ、ハル。武術大会に出てるでしょう? 私も出ているんだけど、あれ、負けてほしいんだけど。大丈夫。イカサマってことがバレないように、ちゃんとうまくやるから。報酬を山分けしましょう。ちゃんと、今度はあげるから。旅行をしましょうか。そうそう、邪魔者はいらないから、ハルの周りにいる連中は殺さないとね。サクッと。でも、旅行じゃなくても、家を買ってのんびりするのもいいわね。ねえ、ハルはどう思う?」
そうだ。
レティシアが壊れてしまったとしても、俺は壊れてなんかやらない。
「レティシア」
「なに?」
「一つ、賭けをしない?」
人差し指を立てて、そう言う。
「賭け?」
「明日の武術大会、たぶん、俺達が決勝で戦うことになるよね?」
「ええ、そうね。この私が、そこらの有象無象に負けるわけないし」
「じゃあ、そこで賭けをしよう。負けた方が勝った方の言うことをなんでも聞く」
これはチャンスだ。
レティシアが武術大会に参加していると知った時、頭を抱えたのだけど……
でも、よくよく考えてみると、彼女をおとなしくさせることができる。
とあるアイテムが間に合えば、の話になるが。
「どうかな?」
「なんで賭けなんてしないといけないの? そんなことをしなくても、ハルは私のものじゃない」
「遊び心は必要じゃないかな?」
「そう言われると……まあ、そうね。遊びは大切ね」
「で、賭けをすると、より燃えるでしょ? ほら、罰ゲームみたいな感じで」
「なるほど。うん、いいわね。楽しそうじゃない。ふふ、ハルにどんな罰ゲームをさせようかしら?」
すでに勝ったつもりでいるらしく、レティシアは笑みを浮かべていた。
でも、そうそううまくいくと思わないでほしい。
「じゃあ、受けてくれる、っていうことでいい?」
「いいわ」
「よし、決まりだ。それじゃあ、明日は正々堂々、戦おう」
「ふふ、せいぜいがんばってね」
己の勝利を疑わないレティシアは、ごきげんな様子で立ち去る。
どうやら、本当に挨拶をしに来ただけみたいだ。
「さて……明日、どうなるか?」




