30話 暗雲
ひとまず、レティシアを冒険者ギルドへ突き出すことは保留。
俺たちは彼女を連れて、アンジュの屋敷へ戻る。
「ひとまず、犯人候補を捕まえてきた」
「……ふんっ」
「うん? その子は勇者の嬢ちゃんじゃねえか。どういうことだ?」
「ハルさん、もう彼女を捕まえるなんて……さすがですっ」
「いや、それが……どうも、状況がちょっと複雑になってきた」
「どういうことですか?」
「今から説明するよ」
みんなで客間へ移動して、そこで説明をした。
レティシアが怪しいと思い、捜索をしたこと。
本人を見つけて、犯人だろうという証拠を手に入れたこと。
しかし、レティシアの話によると、詐欺を行ったのは一件だけであること。
それらを説明すると、アンジュとナイン、それとジンが難しい顔になる。
「勇者の嬢ちゃんが犯人ってのも意外だが……」
「ハルさんが言うように、本当に複雑な状況になっていますね」
「彼女の話を信じるのならば、他にも聖女の名を騙る偽者がいる……ということになりますね」
そう。
ナインが言うように、問題はそこだ。
レティシアの件に便乗したか。
あるいは、たまたまタイミングが重なっただけなのか。
そこは不明なのだけど……
もう一人。
あるいは複数人の犯人がいることになる。
どのような意図があるのか?
どのような目的を持っているのか?
それはわからないし、見当もつかないのだけど……
聖女の名前を騙るなんてことをしているくらいだ。
ロクでもないことは間違いないだろう。
「まいったわね……もう一人、聖女を騙るヤツがいたなんて」
「しかも、その目的は不明……もしかしたら、お嬢さまを傷つけることが狙いなのかもしれません」
「あるいは……聖女の座を狙っているのかもしれません」
アンジュが深刻な顔をして、そんなことを言う。
その言葉を受けて、新しい疑問が。
「不吉な例えをするんだけど……アンジュが聖女の座を降ろされて、他の誰かが就任するとか、そんなことってあるの?」
「はい、ありますよ」
「そうなのか……知らなかった」
「以前も説明しましたが、聖女は誰もがなれる職業ではありません。神託を受けた者が巡礼の旅を完遂させることで、初めて真の聖女となることができます。今の私は……真の聖女になる資格を持つ、見習い聖女、というべきでしょうか」
「ふむふむ」
「これは誰でもなれるものではありません。まずは、教会などに毎日通い、神託を受けること。そして、数々の試練をくぐり抜けることで、周囲に認められること。そうすることで、初めて聖女見習いとなることができます」
「座を引き下ろされることがある、っていうのは?」
「聖女見習いの数は限りがあります。誰にも彼にも聖女を名乗らせていたら、教会の権威などが崩壊してしまいますからね。聖女の座は12人。内、巡礼の旅を終えた者は7人。残り5人が、私のように巡礼の旅をしている最中になります」
「……なるほど、なんとなく理解してきたぞ」
聖女になれるものは12人だけ。
引退、亡くなるなどして空席が出た場合は、新しい聖女候補が追加される。
そのようにして、常に12人の聖女を保つ。
そんなところだろう。
「なら……聖女の座を狙う者がもう一人の犯人、っていう可能性もあるんだよな?」
「はい、残念ながら……他の動機が考えられないため、その可能性は高いと言えるでしょう」
神に仕える身として、そのような者がいることを嘆かわしく思っているのだろう。
アンジュの顔は暗い。
「とはいえ、聖女候補のさらにその候補となると、途端に数が跳ね上がります。誰を疑えばいいのやら……そもそも、確定した話じゃないですし……」
「なんにしても情報が足りない、っていうわけか」
頭の痛い話だ。
それなりの推論は立てることができているのだけど……
どれもこれも、これだ! という根拠に欠けている。
ただただ推論を重ねているだけで、答えに辿り着くことができていない。
「ふむ……話は理解したが、情報が足りねえな。悪いが、これだけの情報で聖女の嬢ちゃんの監視を解くわけにはいかん。というか、狙われている可能性も考えると、護衛も兼ねてこのまま待機した方がいいな」
ジンがそんなことを言う。
もっともな話なのだけど……
気の所為だろうか?
ジンは、なにかと理由をつけてアンジュの傍にいたがっているような印象を受けた。
「あっ! 自分、いいことを思いついたっす!」
成り行きを見守っていたサナが、笑顔で言う。
「レティシアに協力してもらえばいいんじゃないっすかね?」
「「「はぁ!?」」」
サナの突飛なアイディアに、アリスたちが、それはありえないだろう、というような顔になる。
ただ、俺は……
「……それ、アリかもしれないな」
「「「えぇっ!?」」」
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