3話 実は規格外
そのハウンドウルフは、今までの個体に比べて体が大きい。
一回り……いや、二回りだろうか?
とにかく、巨大だ。
体格だけではなくて、爪と牙も三倍以上ある。
「うそ……どうして、こんなところにキングウルフが……」
なぜか、アリスが顔を青ざめさせていた。
どうしたのだろう?
ただ単に、ハウンドウルフの親が現れただけなのに。
「ハルっ、あたしがなんとか時間を稼ぐから、すぐに逃げて!」
「え?」
「レベル7のあなたが敵う相手じゃない! それどころか、一瞬でやられてしまうわっ」
「えっと……」
アリスはなにを言っているのだろう?
なんで、慌てているのだろう?
確かに巨大で、一見すると獰猛に見えるかもしれないが……
所詮、ハウンドウルフだ。
レベル5なのだから、俺たちが倒せない道理はない。
「慌てる必要なんてないだろう? こいつは、ただのハウンドウルフだ」
「え? なにを言って……」
「もしかして、アリスはハウンドウルフの親に遭遇したことがないのか? だったら、驚くのも無理ないかもしれないな。確かに大きくて凶暴そうに見えるからな……うん、驚く気持ち、わかるぞ」
「なにをわけのわからないことを……!」
アリスはすさまじく慌てているのだけど、ホント、どうしてだろうか?
……ああ、なるほど。
理解したぞ。
これもまた、相性を試すための試練なんだな?
巨大なハウンドウルフに驚くことなく、冷静に対処できるか?
アリスはその部分を見極めようとしているのだろう。
しかし、その試練は失敗だ。
レティシアのせいで、俺は、色々とモノを知らないらしいが……
でも、ハウンドウルフの親のことは知識にある。
こいつは確かにでかいし、凶暴そうに見える。
でも、所詮はレベル5のハウンドウルフ。
これくらい、さすがにレベル7の俺でも倒すことはできる。
あ、そういうことか。
さっきはアリスが全て片付けたから……
今度は、コイツを俺に倒してみせろ、という話なのだろう。
「よし。俺も多少はできるっていうところを、見せるからな」
「ハルッ!? バカな真似はよして、レベル7のあなたが敵う相手じゃないわ! 一瞬で食い殺されてしまう! あたしがなんとか時間を稼ぐから、あなたはギルドに行って、誰か応援を……」
「ファイアッ!」
ゴォッ!!! と空気が震えた。
巨大なハウンドウルフの親よりもさらに大きい炎が出現して、一気に飲み込む。
抗うことなんてできない。
骨まで焼き尽くして、その身、全てを炭に変える。
「よしっ、討伐したぞ!」
「……」
「俺も意外とやれるじゃないか……って、いけないいけない。油断は禁物。俺みたいな雑魚が調子に乗ると、ロクなことがないからな。自重しないと」
「……」
「アリス? どうしたんだ?」
「どうしたもこうしたも、どういうことよっ!?」
「うわっ」
アリスがいきなり大きな声を出して、びっくりしてしまう。
「なによ、今の魔法はっ!?」
「知っているだろう? 初級火魔法のファイアだよ」
「知らないわよ!? あんなファイア、あたしは知らないわ! 普通のファイアは、手の平サイズの炎を生み出すので精一杯なのよ!? キングウルフよりも大きい炎を生み出して、一瞬で消滅させてしまうなんて……そんなのファイアじゃないわ。上級火魔法のエクスプロージョンよっ!!!?」
「そんわけないだろう? 俺なんかが、上級火魔法を使えるわけないじゃないか。あれは、初級火魔法のファイアだぞ」
「あーもうっ、なんかハルの常識がおかしいんですけど!?」
アリスが混乱した様子で、ガシガシと頭をかいていた。
迫真の演技……ではなくて、本気で混乱しているみたいだ。
えっと……
もしかして、間違っているのは俺の方?
「でも、本当に初級火魔法のファイアなんだけどな……ほら、詠唱でも『ファイア』って言っていただろう?」
「それはそうだけど……じゃ、じゃあ、ハルのファイアは上級火魔法並の威力がある、っていうこと? なによ、それ……とんでもない魔力量じゃない」
「これくらい普通だろう?」
「普通じゃないわよ!」
おもいきり否定されてしまう。
「普通じゃない……のか?」
「少なくとも、こんなファイア、あたしは見たことがないわ。まあ……納得ね。あんな常識外のファイアが使えるのなら、キングウルフも一撃よ」
「えっと……さっきから気になっていたんだけど、キングウルフっていうのは?」
「そこで炭になった魔物のことだけど」
「コイツは、ハウンドウルフの親じゃないのか?」
「違うわ。ソイツは、ハウンドウルフが進化した個体で、キングウルフ。レベルは30よ。確かに見た目は似てるけど、中身はまったくの別物」
「……え?」
そんなこと、知らない。
こいつは、ハウンドウルフの親……それだけのはずだ。
レティシアが、そう言っていた。
いつだったか、こいつに遭遇したことがある。
その時の俺は、今よりも積極的で、先陣を切って戦った。
その結果、倒すことができたのだけど……
すごい獲物を倒したとはしゃぐ俺に、レティシアが冷たく言ったのだ。
「そいつ、ただのハウンドウルフよ? 親だからでかいだけで、レベル5の雑魚。そんな雑魚を倒して喜ぶとか……ぷっ、あははは! ダメ、ハルは私を笑い殺す気? 滑稽すぎて、ホント笑えるんだけど、あはははははっ! マジで、バッカじゃないの!」
なんて言われたものだ。
以来、俺は調子に乗らないように自分を戒めた。
ついでに、こいつをただのハウンドウルフと認識するようになった。
でも……
こいつが本当は、レベル30のキングウルフ?
ウソだろう?
「っていうか、さっきのファイアは、本当にどういうことかしら? 勇者パーティーにいたんでしょう? なにか言われなかったの?」
「いや、なんていうか……これは普通のファイアだぞ、としか言われていないな」
ファイアを使い、巨大な炎を生み出せるようになった時。
俺はうれしくなり、ちょっと得意げにレティシアに自慢したのだけど……
「は? それ、子供でも使える児戯なんだけど。えっ、それで喜ぶって、ハルの精神構造は子供と同じってこと? うわー、さすがに引くわ……マジで恥ずかしいから、今日一日、他人のフリしてね? 話しかけないでくれる」
……そんなことを言われたんだよな。
だから、大したことないと思っていたんだけど。
「うーん……よくわからない」
「あたしも、ハルがよくわからなくなってきたわ……」
レティシアにあれこれと吹き込まれているから、どれが真実でどれがウソなのか……
自分では判断できない。
今まで、レティシアの言うことを全て信じてきたからな……
独り歩きしたものの、いきなり頭の中の情報が修正されるということはなくて、どのように判断したらいいかわからない。
「なんか、パーティーを組むとかそれ以前に、ハルのことがものすごく気になってきたわ……」
「俺も気になってきた……」
二人で互いの顔を見て、考える。
そして、ほぼ同時に閃く。
「「冒険者カードだ!」」
自分の力量がわからないのならば、冒険者カードを更新すればいい。
そうすれば、正確な情報が手に入るはずだ。
「さっそく行こう!」
「って、ちょっと待ちなさい。素材、剥いでおかないと」
「あ、そうだな。悪い」
魔物の素材はそれなりの値で売れるだけではなくて、討伐依頼の達成証明にもなる。
キングウルフは炭になってしまったけれど、ハウンドウルフからは素材を得ることができる。
アリスと手分けをして素材を回収しておいた。
「これだけあれば、更新料も払えるわね」
「え? でも、それじゃあアリスの取り分が……」
「あたしはいいわ。それよりも、ハルの能力が気になって仕方ないの。だから、気にしないで受け取ってちょうだい」
「えっと……わかった、ありがとう。今回は、好意に甘えさせてもらうよ」
「貸し一つ、ね?」
「ははっ、ちゃっかりしているな」
自然と笑みがこぼれてくる。
レティシアと一緒だった時は、こんなことはない。
今、とても良い気分だ。
これが自分の思うように動いて、自分の思うがまま感情を示す、っていうことなのだろうか?
今までは、そんなことはできなかったから……
今、心の底から『自由』を感じていた。
――――――――――
その後、俺とアリスは街へ戻った。
まっすぐにギルドへ向かい、扉を開ける。
「ようやく戻ってきたわね……ハルっ!!!」
レティシアがいた。
本日19時にもう一度更新します。




