297話 気を抜いて
無事、俺とシルファは武術大会三日目に進むことができた。
しかも、ホラン&アレクという強敵はもういない。
一見すると、優勝はもう決まりだー!
って浮かれてしまうような状況だけど、それはダメ。
まだレティシアという大きな問題が残っているため、油断はできない。
できないのだけど……
「師匠とシルファの大活躍に、かんぱーい、っす!!!」
「「「かんぱーい!」」」
飲食店で祝勝会が開かれることに。
「……かんぱい」
サナはとても楽しそうにしていて、シルファも、おいしいものを食べられて満足そうだ。
アンジュとナインは、いつも通りというか……
わりとマイペースに料理を食べている。
意外なのは、アリスとクラウディアも楽しんでいるところだ。
二人共笑顔で、楽しそうに料理を食べて、お酒を楽しんでいる。
聞けば、この祝勝会はアリスが提案したらしい。
まだ優勝したわけじゃないのに。
アリスにしては、ちょっと浮かれ過ぎな気がするんだけど、どうしたんだろう?
「ハル、どうしたの?」
「えっと……」
そのアリスに声をかけられて、咄嗟に言葉が出てこない。
迷い、それをごまかすようにお酒を飲む。
「お酒、おいしいね」
「そうね。ここの店はジュースで割っているものがメインみたいだから、飲みやすくて、いくらでも飲めちゃいそう」
「ほどほどにしておいてね……?」
「ふふ、わかっているわ。明日は大事な日なのに、二日酔いになるなんてこと、しないから大丈夫」
やっぱり、アリスは明日のことをきちんと意識しているみたいだ。
でも、それなら、どうして今日、祝勝会なんてものを……?
ますます謎だ。
「ハルさま、こちらの料理を食べてみてください。味がよく染み込んでいて、とてもおいしいですわ」
「あ、ありがとう、クラウディア。でも、ちょっと近くないかな?」
「そうでしょうか? これくらい普通では?」
隣の席に座るクラウディアは、やたらと顔を近づけてくる。
……目が悪い?
「む……あ、あの、ハルさん! この料理もおいしいですよ!」
「アンジュ?」
「た、食べてみてください!」
アンジュはステーキを適当に切ると、それをフォークで刺して、こちらに差し出してきた。
対面に座っているから、身を乗り出すようにしている。
そんなことをしたら、その……見えてはいけないところが見えてしまいそうに。
「あぁ……一生懸命にがんばり、意図せずに誘惑してしまうお嬢さま、とてもかわいらしいです」
ナインは相変わらずというか、とても幸せそうだった。
「……うーん」
みんな、楽しそうだ。
そういう意味では、祝勝会を開いてよかったのだろう。
でも、俺はちゃんと楽しめないでいた。
明日のことが気になるし……
たぶん、決勝で戦うのはレティシアだ。
魔人化がかなり進行しているように見えた。
前に会った時は俺のことを心配してくれて、昔のレティシアに戻ってくれていたけど……
たぶん、明日はそうはならないだろう。
パーティーを組んでいた時と同じ、苛烈で嗜虐的なレティシアになっているはず。
そんな彼女を相手にしなければならない。
ちゃんと戦うのは二度目。
でも、全ての事情を知ってから戦うのは、これが初めてだ。
うまく戦うことができるのか?
怯えてしまったりしないだろうか?
どうにも覚悟ができず、心が揺らいてしまう。
「ハル」
ふと、反対側に座るアリスが俺の頭を撫でた。
「えっと……アリス?」
「ふふ」
アリスは微笑み、俺の頭を撫で続ける。
頬が赤いから、酔っているのかな?
でも、その瞳は理性の色がちゃんと残っていた。
そして、優しく語りかけてくる。
「あまり気負わないで」
「え?」
「明日のこと、レティシアのこと……ハルは、とても気にしているんだと思う。そういう話はしていないけど、でも、わかるわ」
「それは……どうして?」
「だって、ハルのことだもの。私は、きちんとハルを見ているから、わかるの」
答えになっているような、なっていないような。
でも、不思議とその言葉は胸に響いた。
「気合を入れるのは大事なこと。でも、入れすぎて空回しをしたら意味ないわ。適度に緊張しつつ、適度に気を抜いて……そうやって挑むことが大事よ?」
「それじゃあ……アリスは、俺のために祝勝会を? それで、少しでも落ち着いてもらおうって……そういうこと?」
「まあ、そんなところ」
アリスは小さく笑い、酒をもう一杯、一気に飲んだ。
「最近のハルは、とても張り詰めていたように見えたから。そんなだと、いつかプツッと切れてしまう。そんなことになったら、あたしもみんなも悲しいから……だから、難しいかもしれないけど、肩の力を抜いてほしいの。大丈夫。きっとうまくいくから」
「……うん、ありがとう」
不安はある。
失敗したらどうしようと、考えずにはいられない。
でも、大丈夫だ。
ホランに言ったように、俺にはアリスがいる。みんながいる。
一人じゃないから……大丈夫だ。
俺は小さく笑いながら、お酒を口にした。




