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特別話 おせち?

 季節は冬。

 そして、もうすぐ新年。


 宿で食事をしつつ、おせちはどうしようか? なんて話をしていたのだけど……


「ハルさん、アリスさん。質問があるのですが……」


 一人キョトンとした様子のアンジュが手を挙げた。


「おせち、というのはなんでしょうか?」

「「え」」


 予想外すぎるアンジュの質問に、俺とアリスは驚きの声をあげた。


 冗談を言っているのだろうか?

 でも、本気の顔に見える。


「アンジュはおせちを知らないの?」

「はい……不勉強で申しわけありません」

「謝ることじゃないよ。えっと、おせちっていうのは……」


 なんて説明すればいいんだろう?

 俺の中で当たり前になっていることなので、今更説明するとなると、言葉が難しい。


「お正月に食べる料理のことよ」


 困っていると、アリスが助け舟を出してくれた。


「お料理の名前なんですね」

「料理とはちょっと違うわね。例えるなら、そうね……コース料理の名前、みたいな?」

「?」

「色々な料理が少しずつ重箱に収められていて、それをみんなで摘んで食べるのよ」

「色々な料理ですか……」

「ピンキリだけど、30種類以上の料理があったりして、どれから食べるか迷ったりして、楽しく食べることができるの」

「30……!」


 わぁ、という感じでアンジュは目を大きくした。

 とても驚いているみたいだ。


 子供のように目をキラキラさせて……

 あれこれと想像しているのか、とても楽しそうで……


 あと、ちょっとよだれが垂れていた。

 意外と食いしん坊だ。

 彼女の尊厳のために見なかったことにしておく。


「おせちって、けっこうメジャーな気がするんだけど……知らないってことは、アンジュは今まで食べたことがないんだよね?」

「はい。見たこともなくて、初耳です」

「そうなんだ……」


 せっかくのお正月。

 それなのにおせち料理を知らないまま、っていうのは寂しい気がした。


 アンジュのために買いたいけど、でも、高いからなあ……

 資金に余裕があるわけじゃないから、豪華なおせちを買うことはできない。

 でも、買うのなら豪華なおせちがいい。


 どうしたらいいんだろう?


「大丈夫よ、ハル」


 俺の悩みを察した様子で、アリスが自信たっぷりに言う。


「おせちを買えないのなら、自分で作ればいいの」

「えっ、アリスはおせちを作れるの?」

「もちろん。これでも料理は得意なのよ?」

「わー、すごいです」

「うん、本当にすごいね」

「ちょ……や、止めてよ。そんなに褒められたら、照れるじゃない」


 アンジュと揃って尊敬の眼差しを送ると、アリスは頬を染めて目を逸らす。

 素直な感想を口にしただけなのに、どうして?


「と、とにかく。そういうわけだから、おせちを買えないなら作ればいいのよ。それに、一緒に作ることで、アンジュもおせちがどういうものか理解できる。一石二鳥ね」

「確かに」

「一石二鳥ですね」

「ないなら自分で作ってしまえばいいなんて発想、俺にはなかったな」

「そう? ハルは、魔法に関しては、よくそういうことをしていると思うけど」

「そういえば……接近戦のためにと、独自の魔法を開発されていましたね」

「あたしは料理に関することだから、そこまですごくないけど……ハルの方がすごいと思うわ。すごいというか、おかしい?」

「常識を超えていますね」


 褒められているような、けなされているような……?


「じゃあ、さっそく材料の買い出しに行きましょうか」

「「おー!」」


 アンジュと一緒に声をあげて、俺達は街へ繰り出した。




――――――――――




 アリスが値切りすぎて店主が泣いてしまうというハプニングはあったものの、無事におせちの材料を揃えることができた。


 そのまま宿へ移動。

 キッチンを借りて、おせち作成に取り掛かる。


「俺達も手伝うけど」

「なにをすればいいのでしょうか?」


 おせちのことは知っているけど、調理方法なんてものは知らない。

 もちろん、アンジュも知らない。


 それぞれエプロンを身に着けたものの、どうすればいいかわからず、棒立ちになってしまう。


「全部、私が指示を出すわ。二人は、私の指示通りに動いて」

「「はい!」」


 ビシリと言うアリスは、なんだか騎士団の上官に見えた。

 ついつい背を正してしまう。


「ハルは、そこの野菜をカットして。サイズは一口サイズより、さらに一回り小さい感じで」

「そんなに小さくしていいの?」

「おせちって、色々な料理を少しずつ摘むものでしょう? 大きいと逆に困るのよ」

「なるほど」


 言われた通り、野菜をカットしていく。


 レティシアにコキ使われていた経験があるため、包丁の扱いは慣れている。

 タンタンタンとまな板を叩くようにして、野菜を小さくカットしていく。


「アンジュは、このレシピ通りに複数の出汁を作ってくれる? 調味料はそこにあるから」

「わかりました」

「念の為に言っておくけど、くれぐれも余計なアレンジはしないようにね? レシピに忠実に。変なアレンジをしようとしたら、破壊兵器ができあがるから」

「わ、わかりました……!」


 世界の命運を左右する重大な任務を与えられた。

 それくらい真面目な顔をして、アンジュは出汁を作り始めた。


「さてと、私は……」


 アリスはアリスで、なにか別の作業にとりかかる。

 その手はとても速く、残像が写るほどだ。


 料理が得意?

 それどころじゃない。

 大得意だ。


「さあ、がんばるわよ!」

「「おー!」」


 アリスの掛け声に乗り、俺とアンジュは声をあげた。




――――――――――




 数時間後……


「で、できた……」


 色々と苦戦したものの、最終的に、五段に及ぶ見事なおせちが完成した。

 それを見て、アンジュが目をキラキラと輝かせる。


「わぁあああ! これがおせちなんですね! 素敵です、綺麗です、おいしそうです!」

「子供のようにはしゃぐお嬢さま、かわいらしいです」


 どこからともなく現れたナインが、はしゃぐアンジュを見て頬を染めていた。


 いや、本当にどこから現れたの……?


「それじゃあ、さっそく食べましょうか」


 おせちを部屋に運んで……

 別行動をしていたサナ、シルファ、クラウディアと合流して……


「「「いただきます」」」


 そして、みんなでおせちを摘む。


「「「おいしいーーー!!!」」」


 笑顔があふれる。


 その笑顔はとても温かくて……

 暖炉なんか必要ないくらいに、満ち足りていた。


 自分で作ったおせちをうれしそうに食べつつ、アンジュが言う。


「おせちって、とても素敵なものなんですね」

「うん、そうだよね」

「おいしいだけじゃなくて、こうして、みんなで一緒に楽しい時間を過ごすことができる……それは、とても素敵なことだと思いました」

「ふふ、アンジュは良いところに気づいたわね。そう、それこそがおせちの醍醐味よ」

「はい!」


 アリスが笑い、アンジュが笑う。

 そんな二人を見て、みんなも笑顔になる。


 うん。

 今年は良い一年になりそうだ。


 あふれる笑顔を見て、そんなことを思うのだった。


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◆◇◆ お知らせ ◆◇◆
再び新作を書いてみました。
【氷の妖精と呼ばれて恐れられている女騎士が、俺にだけタメ口を使う件について】
こちらも読んでもらえたら嬉しいです。
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