294話 シルファの戦い・その1
シルファとアレクは、演武を披露するかのように、精密な戦いを繰り広げていた。
シルファが拳を繰り出せば、アレクはその軌道を正確に見切り、ギリギリのところで避けてみせる。
それは偶然ではない。
積み重ねられてきた技術の成果だということを示すように、何度も何度も避けてみせた。
一方的にやられるわけではなくて、アレクも反撃を繰り出していく。
シルファの攻撃を避けると同時に、軽く後退。
自分にとって都合のいい位置へ誘導していく。
そうすることで、シルファの攻撃のタイミングに狂いが生じてしまう。
それを待っていたアレクは、シルファの足を払い、まずは攻撃を止めた。
そこから、拳、拳、蹴撃と連続攻撃に繋げていく。
それは見惚れてしまうほどに綺麗な動きだった。
しかし、シルファも負けていない。
痛烈なカウンターを食らいながらも、直撃は一度も許さない。
全て拳で捌いて、あるいは回避してみせた。
舞踏会でダンスを踊っているかのような、優雅さがある。
アレクと違う意味で見惚れてしまう。
「やるね」
「お前もな」
二人は一度距離、互いを睨む。
そして、小さく笑う。
久しぶりの師弟の対決。
試合に勝たなければいけない、という使命感はどこへやら、二人は純粋に戦いを楽しんでいた。
アレクは、元からバトルジャンキーではあるが……
その弟子だったシルファも素質を受け継いでいたらしく、どこか楽しそうだ。
「酒を飲むため、ホランの誘いに乗ったが、まさかシルファと戦えるとはな。しかも、儂の想像を超えて強くなっている。ふぉっふぉっふぉ、実に楽しいわい」
「シルファも、ちょっとは楽しいかな?」
シルファは、アレクに鍛えられた日々を思い出した。
毎日、動けなくなるまで稽古をして、技術を身につけた。
体を壊したり病気になったとしても、稽古が休みになることはない。
地獄のような日々ではあるが、当時のシルファはそれを地獄と認識する常識はなくて……
こうすることが当たり前なのだと、淡々と稽古をこなしていた。
それに、体を動かすことは嫌いじゃない。
痛い思いをするよりは、体を思い切り動かす方が好きだ。
だから、シルファは他のメンバーよりも積極的に稽古に参加して、挑戦的にカリキュラムをこなしていき……
今の力を手に入れた。
「あれはあれで、悪くなかったかな?」
「ほう、儂は教師の才能があったようじゃな」
「シルファ限定だと思うけどね」
言葉を交わしつつ、同時に拳も交わしていく。
何十、何百という攻撃を互いに繰り出した。
それでも、直撃は一度もない。
シルファもアレクも、ミリ単位で相手の攻撃を読み切り、回避していた。
神業としか言えない。
そんな二人の攻防に、観客達は声援を忘れて見入っていた。
そうなってしまうくらいの迫力と魅力があった。
「いやはや、楽しいのう」
「む?」
「儂は、あちらの小僧と戦うことを楽しみにしておったのじゃが、なかなかどうして。お主も、収穫のしがいのある獲物に成長したのう」
「一応、喜んでおくね」
「さあ、もっと儂を楽しませてみせろ。思う存分に、やろうではないか!」
「うーん」
戦いが苛烈になるにつれて、アレクのテンションは上がっていく。
しかし、シルファはどんどんテンションが下がってきた。
最初は楽しいと思ったのだけど……
でも、そろそろ飽きてきた。
こんなことは早く終わらせて、甘いものをたくさん食べたい。
それから、ハルと一緒にのんびりと過ごして……
並んでお昼寝をしたい。
アレクから色々な戦闘技術を叩き込まれたものの、それはそれ、これはこれ。
シルファは戦闘狂ではないので、戦いで快楽を得ることはない。
それよりも、ハル達が教えてくれた『日常』を満喫する方が大事なのだ。
「シルファの好きなお菓子を食べて、お昼寝をするためにも……そろそろ、終わりにさせてもらうよ!」
「やれるものならやってみるがよい! 儂とて、拳の勇者と呼ばれた者! お主のような小娘に負けるなど、ありえぬわ!」
「おじいちゃんは、そろそろ引退して、若者に道を譲ってね?」
シルファは、わずかに笑い、アレクに向けて突撃した。




