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285話 裏取り引き

 いよいよ本戦が開始される。


 正直に言うと、まだ迷いは晴れていない。

 もしもレティシアと戦うことになった時、どうすればいいのか?

 手や足を止めてしまわないだろうか?


 そんな懸念はあるのだけど……


 でも、だからといって前に進むのをやめたりはしない。

 みっともないところを見せたとしても、あがいて、あがいて、あがいて……

 ずっと足を動かしていこう。


 昨夜のエリンとの会話で、そう心を定めることができた。

 本当に、彼女には感謝だ。

 子供とは思えないほどしっかりしている。


「ねえ、ハル。今日から本戦だけど、作戦とかどうしようか?」


 ドリンクを飲むシルファが、そんなことを尋ねてきた。


 俺達が今いる場所は、闘技場の控え室だ。

 昨日まではたくさんの人がごった返していたものの、今日からは個人用の控え室になり、俺とシルファしかいない。


「うーん……全部の選手を見れたわけじゃないから、対策は立てられないよね。なら、どんな相手と当たってもいいように、臨機応変に動くことができる立ち回りにした方がいいかな」

「なら、シルファがメインに動いて、ハルにサポートを頼んでもいいかな? その方がいいと思うな」

「それはいいんだけど……」


 シルファの方の危険が高い。

 それがちょっと心配だ。


 でも、それは余計なお世話かな?

 彼女は近接戦のエキスパート。


 武術都市にいる間、何度かリキシルと腕試しをしたことがあるけれど、ぜんぜん負けていない。

 むしろ、時に彼女を上回っていた。


 なら、大丈夫かな?


「うん。じゃあ、基本はそれでいこうか」

「おっけー」

「ただ、もしも予想外のトラブルが起きたり、苦戦したりしたら、一度様子を見るような感じにして、その場で即興の打ち合わせをしよう」

「できるかな?」

「なんとかやろう」


 そして、必ずベスト8に残ってみせる。


 そんな決意を新たにしていると……

 コンコン、と控え室の扉をノックする音が響いた。


「はい?」


 誰だろう? と疑問に思いつつ、返事をした。


「失礼します」

「お邪魔します」


 扉が開いて、一組の男女が姿を見せた。

 知らない人だけど、ここに自由にやってこれるということは、大会の出場者なのだろう。

 本戦を数時間後に控えた今、控え室にやってこれるのは関係者のみだ。


「突然、すみません。俺達は、あなた達と同じく大会に出場していて……あ、俺はアランって言います」

「私は、ケイトです」

「ハルです」

「シルファだよ」


 第一印象だけど、悪い人じゃないような気がした。

 なので、こちらも素直に簡単な自己紹介をする。


「実は、お願いしたいことがあって……」

「こんなことを頼むなんて、どうかしてると思われるかもしれません。ですが、私達にはとても大事なことで……」

「えっ」


 アランとケイトは、突然、その場で土下座を始めた。


 こちらが戸惑う間に、「お願いします」と何度も連呼して……

 そして、本題に入る。


「次の試合で俺達と当たるんですが……」

「負けてくれませんか!?」


 お願いの内容は、なんと、裏取り引きだった。




――――――――――




「ハル、どうするの?」

「……どうしようか?」


 アランとケイトが去り、再び二人きりになり……

 さきほどの会話を思い返して、ついつい頭を抱えてしまう。


 アランとケイトは武術大会に出ているものの、領主になりたいとか、そういうことは考えていないらしい。

 単純に、上位入賞で得られる賞金が目的だという。


 賞金が支払われるのは、ベスト8から。

 つまり、今日の戦いを勝ち抜く必要がある。


 アランとケイトは本戦に出場を果たしているので、それなりの実力はある。

 でも、ベスト8に残る自信はないという。


 俺とシルファの戦いっぷりを偶然見ていたらしく、勝てる可能性は低いだろう、と判断したらしい。

 そこで、今回の裏取り引きを持ちかけてきた。

 得た賞金の半分を渡すから、わざと負けてほしい……と。


「単純にお金が欲しいだけなら、その場で断ったんだけど……」

「病気の子供がいる、って言っていたね」


 子供の治療には、多額のお金が必要らしい。

 そのために、彼らは武術大会に出場したのだとか。


「これ……どうしたらいいのかな?」


 力と関係なく、こんな問題がやってくるなんて。

 どうしていいかわからなくて、深い吐息をこぼしてしまうのだった。

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◆◇◆ お知らせ ◆◇◆
再び新作を書いてみました。
【氷の妖精と呼ばれて恐れられている女騎士が、俺にだけタメ口を使う件について】
こちらも読んでもらえたら嬉しいです。
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