278話 甘いかもしれないけど
ホランさんの屋敷を後にした俺は、そのまま街をフラフラと歩いていた。
散歩をして……
色々な情報を整理しておきたい気分だったのだ。
「リキシルは、基本的に街の発展を第一に考えている。それは経済だけじゃなくて、街に暮らす人のことも考えている。行き場のない子供も保護の対象で……一言でまとめるなら、『今』を考えている」
対するホランさんは、街の安全を第一に考えている。
多少の不自由は強いられるかもしれないが、それは、将来にやってくるかもしれない災厄から身を守るため。
そのために今から準備を整える。
いうなれば、『先』を考えている。
「……どっちがダメ、悪いっていうことはないんだよなあ」
リキシルの政策は、もちろん正しい。
でも、ホランさんが間違っているわけでもない。
為政者は、未来のことを考えて行動しなければすぐに破綻してしまう。
「……っていう話があったんだけど、アリスはどう思う?」
「いきなり、なんの話をしているの?」
散歩途中、アリスに会ったので考えていることを話してみた。
突然のことにアリスは困惑しているものの……
すぐに考えを整理して、自分なりの答えを口にする。
「そうね……シビアな考えかもしれないけど、私はホランさんを推すわ」
「それはどうして?」
「やがて来るかもしれない災厄に備えるのは、とても大事なことよ。街の繁栄はもちろん大事だけど、それは街が存続すれば、という前提が必須になるわ。滅びたりしたら意味がないもの」
「だから、先のことを考えているホランさんを推す、と?」
「そういうことね」
なるほど。
アリスはそういう考えになるわけか。
でも、俺は……
「ハルは違う考えを持っているんでしょう?」
「え、なんでわかるの?」
「わかるわよ。ハルのことなら、なんでも」
アリスがにっこりと笑いつつ、そう言う。
ふと、以前に彼女の想いを聞いた時のことを思い出した。
自然と顔が熱くなる。
いつか答えを出さないと。
「合理的に考えると、ホランさんが正しいことはわかるんだ」
どのような政策を行っていたとしても……
街が滅びてしまったら意味がない。
そこで全てが終わりだ。
だけど。
「街の人達の笑顔を……エリン達を切り捨てるようなことはしたくないんだ。絶対に」
甘いと言われるかもしれない。
現実が見えていないと言われるかもしれない。
それでも。
エリン達を、将来のための犠牲として切り捨ててしまうこと……とてもじゃないけれど納得できそうにない。
未来は大事だ。
でも、それ以上に現在の方が大事だと思う。
今がなければ先に続かないのだから。
「俺、甘いかな……?」
「ううん。ハルはそれでいいと思うわ」
意外というか、アリスは笑顔で賛成してくれた。
違う考えだから、あるいは否定されるかもしれないと思っていたのだけど。
「誰かのことを考えて、親身になって、優しく考えることができる……それがハルの美徳だと思うわ。そして、そんなハルだから、あたし達は一緒にいるの」
「……アリス……」
「ハルは、魔王になるつもりだけど……でも、今の自分の在り方、心の持ち方を忘れないでね? だって……そんなハルが、大好きなんだから」
「う、うん」
ついつい照れてしまう。
アリスも顔を赤くしてしまう。
「えっと……うん!」
迷いは消えた。
三日後の武術大会。
勝てるかどうかわからない。
勝てたとしても、その後、どういうスタンスで行動するのか?
それも、細かいところは決められていない。
それでも。
「俺は、俺らしくあろう」
この想いを絶対に忘れないで……
これまでも。
そして、これからも前に進んでいこうと思う。
「まずは、武術大会をがんばらないと」
「ハルとシルファなら、絶対に優勝できると思うわ。がんばってね」
「うん、ありがとう。全力でがんばるよ」
「全力はダメ」
「あれ?」
諸事情により、次回の更新はお休みさせていただきます。
詳細は活動報告にて。




