269話 ホランの思惑
「まったく」
私室で仕事をこなしていたホランは、とある報告を受けてため息をこぼした。
それから少し。
扉が開いて、アレクが姿を見せる。
ホランは一度手を止めて、アレクを睨みつける。
「勝手なことをしてほしくないのだけど?」
「ほっほっほ、すまぬのう」
反省? なにそれ?
そんな感じでアレクが朗らかに笑う。
その様子を見たホランは、再びため息をこぼす。
「やれやれ……わかってはいたことだけど、あなたを雇ったのは間違いだったかもしれないな。こうもデタラメに動いてくれるなんて」
「だから、すまぬと謝っているじゃろう?」
「なぜ、あのようなことを?」
「強者を見れば手合わせをしたくなる。それが武人というものじゃ」
「本当に……」
三度目のため息。
武術大会で優勝するためとはいえ、アレクを雇ったのは間違いだったのでは?
ホランはそんなことを考え、悩む。
しかし、そんなことはまるで気にしていないというように、アレクはのんびりとした態度をとっていた。
頭が痛い。
「契約を解除するか?」
「いいえ。想定を超えて、好き勝手されているものの……一応、こうなることは事前に告げられていたからね。飲み込むさ」
「それはありがたい」
「それに、勇者の力を手放してしまうのは惜しい」
問題児ではあるものの、勇者だ。
その力は本物で、武術大会に優勝するためには欠かせない人材だ。
「それで、あの少年の力はどうだった?」
「せっかくだから情報収集を欠かさない……か。ふむ、やはりお主は抜け目ない人物じゃな」
「それで?」
「急かすでない。そうじゃな……」
やや考えるような間。
それを見て、ホランは軽く驚いた。
アレクは、すぐ考えてすぐ答えを出す。
悩むことはほとんどない。
そんなアレクが、ハル・トレイターという少年の評価に迷う。
それほどの相手なのだろうか?
ホランは興味を引かれた。
「武術の心得があるのか、それなりに動いていたのう。この儂も、いくらか危ういところはあった」
「それほどまでに……」
「ただ、それだけじゃ。儂の敵ではない。敵ではない、が……ふむ」
「気になる言い方だな?」
「底が知れないところがあるな」
そう語るアレクは、顔をしかめていた。
戦いを思い出して、わずかにではあるが恐怖しているのだ。
「あの若者と戦いたくない、生き延びたいのならすぐに逃げるべきだ……なぜか、そのようなことを考えた」
「ふむ」
「一応、勇者の称号を持つ身からの忠告じゃ。あの若者には手を出さない方がいいぞ」
「私を悪人のように言わないでいただきたい」
目的を達成するためなら、多少、強引な手を取ることはあるが……
だからといって、犯罪に手を染めることなんてほとんどない。
……ほとんど、ない。
「確かにお主は悪人ではないが、しかし、善人でもないじゃろう?」
「……私を非難するのかな?」
「いいや。儂も人のことは言えないからのう。強者と戦うことができれば、細かいことはどうでもいい」
「……」
「じゃから、お主がなにを企んでいようと、儂の願いを叶えてくれる限りは付き合うつもりじゃ」
「助かるよ」
「お互い様というヤツじゃな」
アレクがニヤリと笑った。
「して、儂を呼び出したのは説教をするためか?」
「もう一つ」
ホランは執務机の上に街の地図を広げた。
とある一点。
リキシルの屋敷を指差す。
「リキシル・クラインの屋敷に忍び込んで、とあるものを入手してほしい」
「儂は武人であって、盗賊ではないのだが?」
「適当なものに頼むわけにはいかないんだよ」
確かにアレクは盗賊ではないが……
しかし、その身体能力は規格外。
盗賊の真似事も簡単にこなしてしまうだろう。
それと、武人らしく卑劣な真似はしない。
適当なならず者を雇った場合、無関係の者に危害を加えるかもしれない。
そんなバカなことは望んでいない。
「やれやれ、お主は善人なのか悪人なのか判断に迷うのう」
「私は悪人さ」
目的を達成するためならば、なんでもするつもりだ。
領主になり……
武術都市の闇を払うためならば、この手を血で汚すこともためらわない。
そう、ホランは心の中で語る。
「ま、いいじゃろう。ただし、追加料金はもらうぞ?」
「わかっている」
「ならばよい。それで、なにを取ってくればいい?」
一拍の後、ホランは口を開く。
「魔水晶だ」
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