260話 アストラス商会
穏やかな声と共に姿を見せたのは、三十代くらいの男性だ。
ゆったりとしたローブを着ているせいか大きく見える。
でも、よくよく見てみると体は細い。
無駄な脂肪がついてなくて……
というか、ちょっと心配になるくらい痩せている。
少食なのかな?
ちょっと病的な印象を受けるものの……
表情は明るく、病人のそれとは違う。
むしろ活力に満ちていて、力強さを感じさせた。
「あんだよ、ホランか」
「やれやれ、エリンはいつでも口が悪いね……ところで、その格好は?」
「気にするな、無視しろ」
「いやでも……」
「てめーはなにも見てねえ、いいな?」
「……了解」
ホランと呼ばれた男性は、エリンと仲が良さそうだ。
知り合いなのかな?
「おや?」
男性がこちらに気がついて、軽く目を大きくした。
「失礼。エリンが珍しい格好をしているものだから、気づかなかった」
「あ、いえ……確かに珍しい格好ですよね」
「彼女はメイドとは一番程遠いと思っていたのだけど……」
「わかります。変装をしているみたいですよね」
「一発でバレてしまうだろうけどね」
「てめーら……」
言いたい放題の僕達を見て、エリンが頬をひくつかせていた。
しまった。
ついつい素直な感想が。
「私は、ホラン・アストラス。アストラス商会の主で、エリンと……孤児院と取り引きをさせてもらっている」
「俺は、ハル・トレイター。えっと……エリンの友達かな?」
「馬鹿野郎、友達じゃねえ!」なんていう声が飛んできたけど、気にしないことにする。
「商人だったんですね」
言われてみれば、そんな雰囲気があった。
やり手という感じで、巨大な商会を築いているような気がする。
「でも、孤児院とどんな取り引きを? って、聞いていいことかな……?」
「構わないよ。不思議に思うのも当然だろうからね」
ホランさんの説明によると……
アストラス商会は、武具とポーションの取り扱いを主にしているらしい。
武術都市なので、武具を取り扱うのは当たり前なのだけど……
ポーションの取り扱いは珍しい。
闘技場にポーションは欠かせないが、それはあくまでも参戦する者のみに限られる。
観戦する一般市民には関係ない。
そのため、今までポーションを取り扱う商会はなかったらしいが……
そこにアストラス商会が参戦。
空っぽだった市場を独占することに成功したという。
そもそもの需要が少ないため、最初は苦戦した。
しかし、質の良いポーションを用意して、さらに種類も増やしてアピール。
結果、アストラス商会は武術都市で一番の商会に成長したという。
そんなアストラス商会と孤児院は、奇妙な縁があった。
孤児院と聞くと、顔をしかめる人は少なくない。
汚い、うるさい、粗暴などのマイナスのイメージがあるため、同じ街にあることを許容しない人もいる。
そんな人達に認めてもらうため、孤児院は、度々ボランティア活動を行っている。
街の清掃をしたり、無償で働いたり……
そんなボランティア活動の中に、炊き出しがある。
武術都市では戦うことに夢中になるあまり、私生活を疎かにする人が多い。
気がつけば数日食べておらず、行き倒れる人もいるとか。
そんな人達のために炊き出しをすることがあるのだけど……
ホランさんも炊き出しの世話になったのだとか。
商会を立ち上げたばかりの頃、うまくいかず、その日食べるだけのお金を稼ぐことができなかったらしい。
そこを孤児院の炊き出しに助けられて……
今に至る。
その恩を返すために、こうして、孤児院と格安で取り引きをしているのだとか。
「そんなことが」
「あの時、助けられていなければ、今の私はないと思っているからね。こうして、できる限りのことはさせてもらうつもりさ」
「立派ですね」
「そうでもないさ。借りを受けたままだと落ち着かないという、単純な理由もあるからね」
「それでも立派ですよ」
ホランさんは過去の経験を糧に前に進んでいる。
一方の俺は、まだ過去を整理することができず……
迷い戸惑いながら、なんとか前に進もうとしているだけ。
その差は大きい。
「どうかしたかな?」
「……いえ、なんでも」
「そうかい? なら……エリン、ここに受領のサインをもらえるかな?」
「なんで俺なんだよ。リキシルがやってるだろ」
「そのリキシルさまがいないから、代理であるキミに頼んでいるんじゃないか」
「ったく、めんどくせーな」
ぼやきつつ、エリンはペンを手にした。
なんだろう?
どことなく、エリンの態度が硬いような……?
ホランさんに対して、なにか思うところがある?
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