256話 疲れた……
その日から、結界を習得するための訓練が開始された。
今以上の魔力を手に入れるための瞑想。
魔力を精密にコントロールするために、常に魔法を使い続けて……
それと同時に、あえて負荷を与えるために、魔力を吸い取られてしまうという呪いのマジックアイテムを身につける。
その他にも、色々な訓練をして……
そうして、一日の大半を訓練に費やした。
「……ふううう」
夜。
ベッドに転がり、ぼーっと天井を見る。
ここはリキシルの屋敷の客間だ。
訓練の間は泊まっていけばいいと、そう言ってくれて……
宿代もバカにならないため、お言葉に甘えることにした。
「さすがに疲れるなあ……」
訓練を始めて一週間。
当たり前だけど、結界の習得には至っていない。
そのヒントを得ることもできていない。
「一年……か」
リキシルの言うとおりに物事が進んだとして、結界の習得まで、あと十一ヶ月と三週間。
長い。
それだけの時間をかけていたら、レティシアがどうなるか。
もっと早く習得しないといけない。
もっと早く強くならないといけない。
「……焦るなあ」
こういうことに関して近道はない。
地道にコツコツと進めていくしかない。
それはわかっているんだけど……
でも、焦らずにはいられない。
コンコン。
ふと、ノックの音が響いた。
「はい?」
「入るぜ」
姿を見せたのはエリンだった。
なぜかメイド服を着ている。
「……」
「おい、なんだその顔は?」
「すごくかわいい格好をしているから、ちょっと驚いて」
「ばっ……か、かわいいとか言うんじゃねえ!」
怒鳴られてしまう。
でも、顔を赤くしているところを見ると、照れ隠しなのだろう。
たぶん。
「どうしたの、こんなところで? それに、その格好は……」
「うるせえな、いちいち詮索するんじゃねえ」
そんなことを言われても。
スリを働こうとしていた悪ガキが、領主の屋敷のメイドになっていたら気になるのは普通だと思う。
「……リキシルに言われたんだよ」
「リキシルに?」
「この前の罪滅ぼしとして、しばらく、てめえの世話をしろってな」
「なるほど」
俺としては、謝罪の言葉だけで終わったと思っていたんだけど……
リキシルはそれを良しとしなかった。
同じことを二度と繰り返させないために、こうして、奉仕活動という罰を与えることにしたのだろう。
「ったく、めんどくせえ……これなら孤児院で勉強してた方がよっぽどマシだ」
「へえ、孤児院では勉強を教えてくれるんだ」
「ああ。大人になった時、学があった方が騙されないし良い仕事につけるからって、な」
「うん、良い考えじゃないかな」
「良くねーよ。くそっ、よりにもよって、てめーの世話をするなんて……」
「あ、だから俺の部屋に来たんだ」
「そういうこった。オラ、なんかしてほしいことはあるか?」
メイドの口調じゃない……
まあ、エリンはものすごく勝ち気で男勝りみたいだから、いきなりメイドらしくしろと言われても無理なのだろう。
「してほしいこと、と言われても……うーん」
「なんだよ、なにもねえのか?」
「今は特にないかな。疲れているから、寝ていたいし」
「へえ、疲れてるのか。なら、マッサージでもしてやろうか?」
「いいの?」
「これも仕事だからな。仕方ねー」
実にめんどくさそうにしつつ、エリンがベッドに上がった。
そして、強引に俺をうつ伏せに寝かせて、その背中に乗る。
「おら、いくぞ」
「はぐっ!?」
ぐぐっと、エリンに踏まれてしまう。
なにをするんだ、と怒ろうとして……
しかし、妙に体が軽くなっていることに気がついた。
「これは……」
「俺はガキだから、力がねーからな。指で押したりするよりも、こうして踏んだ方がキッチリと効果が出るんだよ」
「なるほど……おうっ」
グイグイと踏まれる。
でも痛みはなくて、心地いい。
エリンの足が動く度に、凝り固まった体がほぐされていき、癒やされていく。
「これは、なかなか……」
「へへ、ずいぶんと疲れてるみたいだな? マッサージのしがいがあるぜ」
たぶん、エリンは楽しそうな顔をして俺を踏んでいるだろう。
小さな女の子に踏まれ、心地よさそうにしている男……
うん。
傍から見たら完全にアウトだ。
誰にも見られないように注意を……
「ハル、ちょっといいかしら?」
「疲れているみたいなので、私達でマッサージなどを……」
アリスとアンジュが現れて、そして、俺とエリンを見て……
ピシリと固まる。
その後……
二人の誤解を解くのに一時間近くかかり、余計に疲れてしまったことは言うまでもない。
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