231話 逃げる?
「……と、いうわけなんだ」
長い昔話を終えた。
アリスは退屈そうにすることもなく、面倒そうにすることもなく、じっと耳を傾けてくれていた。
その顔は、どことなく悲しそうだ。
どうして、アリスがそんな顔をするのだろう?
「……レティシアは、その日から?」
おかしくなっていった、っていう意味かな?
そう考えて、頷いた。
「最初は機嫌が悪いのかな、って思ったりもしたんだけど、どんどん暴君になっていって……それで、まあ、後はアリスが知っているような感じに」
「そっか」
「それで……どうして、こんな話をしたのか、っていうことなんだけど」
「うん」
「俺、どうするべきなのか迷っていて」
リリィは、俺に魔王になってほしいと言った。
そうすれば、レティシアを元に戻せるかもしれない。
しかし、そのレティシアは、魔王になるなと言った。
自分のことは忘れて、どこかで平穏に暮らせ……と。
どちらの選択肢を選ぶべきなのか?
あるいは、第三の選択を作り出すべきなのか?
考えても……
なにも、わからない。
「アリスに相談するようなことじゃないっていうのはわかっているんだけど、でも、どうしたらいいか……」
「ハル」
「え? え?」
アリスに抱きしめられた。
そんな風にしたら、その、胸が顔に……
慌てる俺だけど、アリスはそんなことは気にしないというように、さらに強く抱きしめてきた。
「あたしが思うに」
「うん」
「ハルは、がんばりすぎだと思う」
「そう、かな?」
「そうよ。行く先々で色々な事件に巻き込まれて、目的を達成していないのに他の事件に首を突っ込んで……でも、それは全部、誰かを助けたいという思いがあるから。誰かのために行動していること。優しすぎて、それと、がんばりすぎよ」
「……」
「だから、もうがんばらなくてもいいと思うわ」
「え?」
「どこか遠いところで、あたしと一緒にのんびりと暮らさない?」
アリスは俺をそっと話して、目を覗き込んできた。
アリスの目は……真剣だった。
冗談とかではなくて、本気でそう提案していた。
「でも、それは、逃げてしまうことじゃあ……」
「いいじゃない、逃げても」
「いいの……かな?」
「いいわ。例え、他の人が許さなかったとしても、あたしは許す! 第一、辛い時は休んだり逃げたりしていいの。そうでないと、体も心も潰れちゃうわ」
「そう言われると……」
そんな気がしてきた。
「……」
アリスと一緒に、どこか遠くへ逃げる。
それは、とても楽しくて幸せなことかもしれない。
想像するだけで胸が……心が温かくなる。
それもいいかもしれないな。
できれば、みんなも一緒で……
それで、なにもかも忘れて、のんびり暮らそう。
心が傾いて……
「……っ……」
脳裏にレティシアの顔がよぎる。
彼女が浮かべている表情は……笑顔だった。
「……逃げるのも、悪くないかもしれないね」
「そうでしょ?」
「みんなも一緒なら、すごく楽しそう」
「うん、いいんじゃないかしら。あたしも、みんな一緒のつもりだったし」
「でも」
そっと、アリスから離れた。
立ち上がり、空を見る。
「やっぱり……ここで逃げるわけにはいかないよ」
「……それは、どうして?」
問いかけてくるアリスの声は、どこか硬い。
「義務感? 正義感? それとも、レティシアに対する負い目?」
「どう、なんだろう……そういうことじゃないと思う」
「なら、どうして?」
アリスの方を見て、ハッキリと言う。
「もう一度……」
「……」
「もう一度、レティシアの笑顔を見たいんだ」
「……ハル……」
「心の底から楽しそうに笑っている、レティシアの笑顔を取り戻したい。俺が願うのはそれだけで……それを成し遂げないうちは、逃げることはできないよ。前を向いて、なにがあろうと立ち向かい、歩き続けていく」
キッパリと断言することで、俺の決意表明とした。
そんな俺を見て、アリスは……
「ふふ」
とても優しそうな顔をして、微笑みを浮かべた。
「やっぱり、ハルはそうでないと」
「そう、っていうのは?」
「なんだかんだで、とても強くて、そして優しい人。そんなハルだから、みんなはここまでついてきたの。一緒にいたの。だから、辛いかもしれないけど大変かもしれないけど、これからもがんばってほしい」
「うん、がんばるよ」
「もちろん、あたし達も手伝うから」
「うん……よろしくね、アリス」
「こちらこそ」
俺とアリスは、互いに微笑みながら握手を交わした。
それは、一種の誓いのようなもので……
この思い出は、ずっとずっと、一生残るだろう。
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