229話 目覚める悪魔
「ふふーん、いただきね」
レティシアは機嫌良く、水晶に手を伸ばした。
そして、指先が触れた瞬間……
「えっ……な、なに!?」
「レティシア!」
水晶がひときわ強い光を放つ。
いや、それは光などではない。
闇だ。
全てを黒に塗りつぶす、夜よりも深い闇が広がる。
「くうううっ、な、なんなのよ、これ!?」
「下がって、レティシア!」
普段はハルの言うことを無視しがちなレティシアではあるが、それは己の判断の方が正しいと信じているからだ。
ハルは今ひとつ弱気なところがあり、誤った判断をすることが多い。
しかし、それは平常時のみ。
緊急時に関しては、ハルは頭の回転が誰よりも早くなり、誰よりも的確な指示を出せることをレティシアは知っている。
なので、素直に後ろへ跳んだ。
「なによ、これ」
「わからないけど……ものすごく嫌な予感がするよ」
二人は油断なく構えた。
その間も、黒い光はどんどん強くなり……
そして、世界が黒で塗りつぶされた。
「っ!?」
なにも見えない。
なにも聞こえない。
なにも感じない。
常人なら発狂してしまいそうな空間だ。
しかし、ハルはどこか安らぎを覚えていた。
懐かしい、と感じていた。
なんだろう?
不思議に思うものの、その答えを見つけるよりも先に闇が晴れた。
「今のは……」
「ハル……気をつけて」
レティシアはハルを見ていない。
汗を流しつつ、前を睨みつけていた。
その体は、小さく震えている。
あのレティシアが怯えている?
その事実に気づいたハルは驚きつつ、前を見る。
そこにいたのは……
「……」
世界中の悪意を凝縮したかのような、黒い存在だった。
人の形をしているものの、口と目はない。
服飾店に置かれている人形のようだ。
墨を頭からかぶせたような感じで、全身が真っ黒。
光を全て吸収しているかのようだ。
人形の正体がわからず、レティシアは小首を傾げる。
一方で、ハルは顔を青くしていた。
一目見て理解した。
なぜ理解できたのか、それはわからないのだけど……
しかし、理解してしまったものは仕方ない。
その考えに間違いはないと、無意識のうちに感じていた。
「……悪魔だ……」
「え? 悪魔って……あの悪魔? おとぎ話に出てくる?」
「根拠はないんだけど……レティシア、俺を信じて。アイツは……悪魔だ」
「確かに、そうかもしれないわね」
「……」
「なによ、その顔?」
「レティシアが、俺の言うことを素直に受け入れるなんて」
「失礼ね。あたしは、ハルの幼馴染よ。ハルのことは、世界で一番信頼しているわ」
「……レティシア……」
「それに、アイツが悪魔っていうのが納得しちゃうくらい、やばい相手っていうのもわかるわ」
レティシアは、いつになく険しい顔をしていた。
ここまで厳しい顔をするのを、ハルは見たことがない。
つまり……
今、自分達は、命の危機に晒されているということだろう。
「……」
黒の人形……
悪魔は、無言のまま一歩を踏み出した。
たったそれだけで、すさまじい圧力が二人を襲う。
今すぐに逃げ出したい。
ひれ伏して、命乞いをしたい。
いっそのこと、意識を放り出して現実逃避してしまいたい。
そんなマイナスの感情が一気に襲ってきて、くらりとしてしまう。
「ハル、大丈夫よ」
「……レティシア……」
ハルは、レティシアに手を握られた。
それだけで、今までの不調がウソのように消える。
繋いだ手の温もりが、体と心を正常にしれくれる。
これが幼馴染の力だろうか?
ふと、そんなことを思うハルだった。
「アイツを放っておくわけにはいかないわ」
「うん、そうだね」
「ついてきてくれる?」
「もちろん、どこまでも」
「ありがとう、ハル」
レティシアは笑い、ハルも笑い……
そして、二人は悪魔に挑んだ。
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