23話 アリス視点・その1
「ふぅ……」
自分に割り当てられた部屋に戻り、扉を閉めて……
あたしは小さな吐息をこぼして、そのまま扉にもたれかかった。
ずるずると、床の上に座る。
「危なかった……」
ついつい、ハルの話に頷いてしまいそうになった。
認めてしまいそうになった。
あたしも幼馴染なんだよ、って……そう言おうとしてしまった。
でも、それはダメだ。
そんなことをしたら、ハルのトラウマを掘り返してしまうことになる。
――――――――――
あたしとハルの出会いは、10年くらい前かな?
当時のあたしはとても体が弱くて、療養先を探して、両親に連れられて旅をしていた。
そして、療養先としてハルの村が選ばれた。
ハルの村はなにもないようなところだけど……
でも、水も空気も澄んでいて、とても綺麗なところ。
街は馬車などでわずかながらでも粉塵が舞い上がり、体の弱いあたしには毒だった。
だから、ハルのような村で療養する必要があった。
そして、村に移住して少し。
ハルと出会った。
その日、あたしは珍しく体調が良くて、家の外を散歩していた。
たまに体を動かさないと体力は衰える一方なので、それくらいは許されていた。
週に一度くらいの散歩。
あたしはそれをとても楽しみにしていた。
外に出て、直接肌に触れる風の感触。
温かい日差し。
鳥などの鳴き声。
どれもこれも新鮮で、散歩するだけでもすごく楽しい。
そんなあたしの前に、ハルが転がり落ちてきたのだ。
あたしの家は山の近くにあったのだけど……
その山を探検して、足を踏み外して、転がり落ちたらしい。
あの時のあたしは、そりゃもう慌てたわね。
いきなり、見知らぬ男の子が転がり落ちてくるんだもの。
でも、ハルの方は慌てるあたしとは正反対に、ものすごく落ち着いていて……
「キミ、誰? よかったら一緒に遊ばない?」
なんて言ってきたのだ。
あたしは驚いたものの……
病気のせいで友達がいなかったため、喜んでハルと一緒に遊ぶことにした。
それから、ハルは一週間に一回、あたしが遊べる日になると必ず顔を見せにきてくれた。
他の日に来てくれたこともあるのだけど、そういう時に限り、あたしは熱を出して寝込んでいた。
だから、ハルは気を遣ってくれたのだろう。
あたしがもうしわけないと思わないように、散歩の日に顔を見せるように。
時折、レティシアも一緒についてきた。
でも、レティシアはハルがあたしと一緒にいるのが気に入らないらしく、頻繁に顔を見せることはなかった。
強気な性格は当時から変わっていない。
あたしは、一年をハルと一緒に過ごした。
一週間に一度なので、日数に換算したら少ないかもしれないけど……
とても充実した日だった。
そんな精神的な充実感が体にも影響を与えたのか、少しずつ元気になっていった。
でも、運命を司る神様は気まぐれで、時に残酷だ。
その日、あたしはいつものようにハルと遊びに出て……
そして、血を吐いて倒れた。
ハルと出会ってから一度も起きていない発作が起きたのだ。
幸いにも、倒れた場所は村の中。
すぐに大人が気づいてくれて、治療をしてくれて、一命をとりとめた。
でも、ハルは自分が連れ出したせいだと思い込み、ひどく自分を責めた。
両親はハルを責めることはしない。
私がいつも笑えるようになったことを、むしろ感謝していたくらいだ。
もちろん、私もハルを責めない。
たまたま、タイミングが悪かったんだと思う。
でも、ハルは自分のせいだと思い込んだ。
自分を責めて責めて責めて……
壊れてしまうのではないかと不安になるほどに、責任を感じていた。
このままでは、本当にハルの心は壊れてしまう。
そんな危惧を抱いたあたしは、両親に頼んで……ハルの記憶を消してもらうことにした。
あたしに関すること、全部、消してもらうことにした。
両親はあたしのことで色々なことを学んでいるため、色々な治療法を知っている。
ハルのような事例への対処法も知っていて……
薬、魔法で記憶を消してしまうことで、心への負担を消すことが一番ということを知っていた。
あたしは、迷うことなく、ハルの記憶を消してくれと頼んだ。
もちろん、ハルに忘れられてしまうことは辛い。
あたしがいると記憶を思い出す可能性があるから、村を立ち去らなければいけないことも辛い。
でも、ハルがまた笑顔になれるなら。
あたしは、どんなことでもしよう。
そして……ハルの中からあたしの記憶を全部消した。
あたしは村を去り、ハルは穏やかな日常を取り戻した。
これが、過去に起きたこと。
ハルとあたしの間の、たった1年の幼馴染の記録。
その後……
あたしは、なんとか病気を完治させることに成功。
そして、髪の色を変えたりして、見た目を別人にした。
その上で、ハルに会いに行った。
ハルと過ごした一年は、今まで生きてきた中で一番輝いていた。
また、あんな日を過ごしたい。
そう思っていたのだけど……
ハルはレティシアと旅立った後だった。
あの時ほどがっくりしたことはない。
でも、あたしは諦めが悪いのだ。
またハルに会いたい。
記憶がなかったとしても、一目会い、ありがとうとお礼を言いたい。
ハルがいなければ、あたしの心は途中で折れてしまい、今は生きていなかったと思うから。
そのためにハルを探して……
そして、偶然、見つけることができた。
いや。
もしかしたら、運命だったのかもしれない。
再会した時のハルは、レティシアのせいでボロボロになっていたから……
あたしがなんとかする。
しなければいけない。
それが、あたしの恩返し。
運命なのだろう。
本気でそんなことを思い、ハルと一緒に歩く道を選んだ。
昔のことを明かすつもりはないし、忘れたままでいいと思う。
あたしはただ、ハルに笑ってほしいだけ。
それだけを思い、がんばることにした。
――――――――――
「とはいえ……」
一人、部屋でレティシアのことを考える。
「レティシアのこと、どうしたものかしらね?」
たくさんというわけじゃないけど、レティシアとも何度か遊んだことがある。
小さい頃の彼女は、ハルが言っていたように暴君ではない。
強気ではあるものの、優しい女の子だった。
それがなぜ、変わってしまったのか?
ハルに執着するようになったのか?
そこが不思議でならない。
「んー……今のところ後手後手に回っているし、なにかしら先手を打ちたいところよね」
手を考えたいところだけど、うまい策が思い浮かばない。
レティシアって、ヤンデレというかちょっとおかしいというか……
目的のために、手段も目的さえも見失うようなところがありそうだから、なにをしでかすかわからなくて怖い。
例えば、ハルが自分の思い通りにならないのは、周りにいるあたしたちのせいだ……って考えるとか。
「どうなるかわからないけど……あたしがきちんと、ハルの笑顔を守らないとね。そうすることが、あたしの恩返しだもの」
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