225話 とある少年と少女の話
その村は、大きな山の麓にあった。
背中に大きな山。
そして、手前に大きな湖。
山と湖に挟まれているため、土地は狭い。
また、天候が悪化すると、自然災害に襲われることも少なくはない。
ただ、湖と山の幸を得ることができるというメリットもある。
場所が場所なので、盗賊、あるいは獣に襲われることも少ない。
なにより、先祖代々受け継いできた地だ。
村人たちは他へ移るということは考えたこともなく、平和な時間が続いていた。
そんな村に、とある男の子と女の子がいた。
男の子の名前は、ハル・トレイター。
女の子の名前は、レティシア・プラチナス。
二人は幼馴染だった。
――――――――――
「ハルー、ハルってばー」
村の裏手にある、山へ続く道。
そこに、小さな女の子の声が響いた。
てくてくてく、とかわいらしく歩く女の子の姿が。
髪は長く、肌は人形のように白い。
愛らしい笑顔が似合いそうな、美少女だ。
ただ、綺麗な服を着ているのにも関わらず、ちょこちょこと走ったりするため、スカートの裾は土で汚れてしまっていた。
本人はまるで気にした様子はない。
それよりも大事なことがあると、あちらこちらに視線を走らせる。
「ねえ、ハルってばー。ちょっと、私が呼んでいるんだから、返事をしなさいよー」
「……」
「ハルー?」
「……」
「むうっ」
女の子は不機嫌そうに頬を膨らませた。
考えるような仕草を取り……
ややあって、閃いたという感じで、手の平をぽんと打つ。
「このまま返事をしないなら、私にも考えがあるわよ」
「……」
「いい、ハル? 早く返事をしないと、今日のハルのおやつ、私が食べちゃうんだから」
「えぇ!?」
それはひどいという感じで、悲鳴のような声が出た。
瞬間、女の子の目がキラリと光る。
「ふふーんっ、そこね!」
「あっ」
女の子はダッシュで木陰に回り込み、そこに隠れていた男の子に指を突きつける。
「ハル、見つけたわ!」
木陰に隠れていたのは、女の子と同じくらいの歳の男の子だった。
質素な服を着ているものの、しかし、そんなものは関係ないとばかりに輝いているような容姿を持つ。
綺麗というよりは、かわいい。
どことなく中性的で、同性異性問わず、人気を集めるだろう。
そして、将来は女の子泣かせになるだろう。
そんなことを思わせる、美少年だった。
「うぅ……レティシア、今のは反則だよ。おやつを人質にするなんて、ずるい」
「勝てばいいの、勝てば」
「もうちょっとで僕の勝ちだったのに……」
「油断大敵、っていうやつね!」
「油断もなにもあったものじゃないと思うけど……うぅ、やっぱりずるい」
「ハル?」
「……」
男の子……ハルは頬を膨らませて、そっぽを向いた。
その様子を見て、女の子……レティシアは、ちょっと焦ったような顔になる。
「ねえ、なんで無視するのよ?」
「……」
「もしかして、怒っているの?」
「……」
「本当に、ハルのおやつを食べたりしないわよ?」
「……」
ちょっとは反省してもらわないと。
そんなことを思い、ハルは無視を続けた。
すると……
「うぅ……なによなによっ、ちょっとした冗談なのに、そんなに怒ることないじゃない!」
レティシアが怒った。
ついでに、涙目になっていた。
そこまで怒らなくてもいいじゃないか、という逆ギレのような怒りと。
このまま無視されて嫌われたらどうしようという、不安の涙だった。
そのことをすぐに察したハルは、慌てて無視を止める。
「あぁ、ごめんね、レティシア」
「……私の方こそ、ごめんなさい。ちょっと、ずるかったわ」
「ううん、気にしてないよ。僕のほうこそ、無視したりしてごめんね」
「じゃあ……お互いさま、っていうことで」
「うん」
レティシアは、服の袖でぐしぐしと目元を拭う。
その後は、スッキリとした笑顔に戻る。
「お腹が空いちゃったわ。ハル、村に戻りましょう」
「そうだね」
「はい」
レティシアが手を差し出してきた。
ハルは、そうすることが当たり前のように、レティシアと手を握る。
「今日のおやつはなにかしら? パンケーキだとうれしいわ」
「たっぷり、はちみつをかけて食べたいね」
「パンケーキだったら、私の、一切れハルにあげる」
「え、いいの?」
「ごめんなさい、の証よ。あーん、って、私が食べさせてあげるわね」
「ちょっと恥ずかしいんだけど……」
「いいから! 私の方がお姉さんなんだから、ハルは、おとなしく言うことを聞くの」
「数ヶ月先に生まれたっていうだけなのに」
「それでも、お姉さんだもの」
ハルとレティシアは手を繋いで、楽しそうに村への道を歩いていく。
二人は笑顔があふれていて、とても幸せそうだった。
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