22話 対策会議
アーランドに戻った俺たちは、その足でアンジュの屋敷へ。
宿のように利用してしまい申しわけないと思うが、これからする話は誰にも聞かれたくない。
宿の防音性は完璧ではないため……
結果、アンジュの屋敷が選ばれた。
このことに対して、アンジュは自分の家でよければぜひ、と言ってくれた。
優しい子だ。
きちんと恩を返していきたいと思う。
「……と、いうわけなんだ」
俺は、今まで伏せていた部分……レティシアとの関係性をアンジュとナインに打ち明けた。
あんな場面を目撃された以上、隠しておくべきではないし……
彼女たちも事情を知りたいと言ったため、素直に打ち明けることにした。
「おー、この家、なかなか広いっすね。自分の寝床として合格っすよ」
ちなみに、サナも一緒についてきた。
完全に懐かれてしまったみたいだ。
「勇者様が、そのようなことを……」
レティシアの本当の顔を知り、アンジュが眉をひそめた。
その後ろに控えているナインも似たような顔だ。
「俺はレティシアと決別して、パーティーを抜けた。でも、どういうわけかレティシアは俺に執着してて、こんなところまで追いかけてきたんだ。ホント、なにを考えているんだろうか……」
「それは、ハルさんの力を目的としているんじゃないでしょうか?
「どうだろうな……」
ドラゴン……サナとの勝負に勝つことができるくらいだ。
みんなが言うように、俺の力は規格外なのだろう。
いまいち実感は湧かないのだけど……多少、そう認識することはできた。
自信を持つことができた。
ただ、レティシアが俺の力を頼りにしているとは思えない。
むしろ逆だ。
俺に戦うな、と強制していたような気がする。
「ハルさまのお力に、嫉妬されていたのでしょうか? 話を聞く限り、ハルさまは勇者様よりも上の力を持つ様子。そのことに嫉妬をして、ひどい扱いをするように至る……という可能性はないでしょうか?」
「ナインの推理は、たぶん、間違ってないと思うわ。ただ、今もハルに執着する、っていうところは謎なんだけど」
「「「うーん」」」
みんなで頭を悩ませる。
レティシアがなにを考えているかわからない、という謎で躓くんだよな。
ホント、なにを考えているのだろうか?
「あの勇者は、ただ単に師匠を自分のものにしたいだけじゃないっすか?」
ふと、サナがそんなことを言う。
「自分のもの、って……どういうことだ?」
「サンドバッグ的な意味で、っていうことかしら?」
「違うっすよ。恋愛的な意味で、自分のものにしたいっていうことっすよ」
「は?」
サナの言葉に、思わず目を丸くしてしまう。
だって、仕方ないだろう?
レティシアが、恋愛的な意味で俺を独占しようとしているなんて……
ないない。
そんなことありえない。
そういう感情があるのだとしたら、あんな態度をとるわけがないだろう。
「ちっちっち、師匠はとんでもない力を持っていても、恋愛方面ではまだまだっすね」
サナが得意そうな顔で言う。
ちょっとだけイラっとした。
「女は、こと恋愛が関係してくると人が変わるっすよ。優しくなることもあれば、恐ろしくなることもあるっす。変化は人によって千差万別。些細な変化から、ありえないような変化まで色々っす」
「ということは……レティシアの場合は、ハルのことが好きすぎて、強烈な独占欲が湧き上がった、ということなのかしら?」
「そうだと思うっすよ」
アリスの問いかけに、サナが確信を持つような顔で頷いた。
そんなバカな……と言おうとしたところで、アンジュとナインも納得顔を浮かべていることに気がついた。
「ありえない話じゃありませんね。ハルさまにひどいことをしてきたのは、好意の裏返し。ツンデレ、という人にありがちなことだと聞いた覚えがあります」
「力を身に着けさせないようにしたのは、ハルさまの才能に嫉妬しているのではないのかもしれません。強くなったハルさまが、自分の手元から巣立ってしまうことを恐れて、それ故に縛りつけていたのかもしれません」
みんなの推理が進んでいくのだけど、俺は納得できない。
レティシアの行動に裏にあるものが愛情だったなんて……
そんなことを知らされて、だけど、どうしろと?
それなら仕方ないと、許せばいいのだろうか?
想いを受け入れればいいのだろうか?
そんなこと……
「とりあえず、ここまでにしましょうか」
ふと、アリスがそんなことを言い出した。
「わからないことだらけだけど、巡礼を終えたばかりだから、少し休んだ方がいいわ。でしょ?」
「それもそうですね……」
「もうしわけありません。本来ならば、私がそのことに気づくべき立場であるというのに……」
「それだけナインも疲れている、っていうことよ。休憩にしましょう」
「自分はうまいものが食べたいっす! 人間の食べ物は、みんなうまいと聞いているっす!」
「ふふっ、わかりました。確かに、そろそろ夕食の時間ですし……ナイン、準備をお願いできますか?」
「はい、お嬢さま」
こうして、休憩が挟まれることになったのだけど……
俺が悩んでいることに気づいて、だから、アリスは休憩しようと言ったのだろうか?
そんなことを思うのだった。
――――――――――
食事をした後は風呂に入り、そのまま部屋に案内された。
今日は話は終わり、ということなのだろう。
「ふぅ」
窓を開けて、街の夜景を眺める。
とても綺麗なのだけど、考え事をしているせいか心に響かない。
「レティシアが……俺のことを?」
そんな話、信じられない。
ありえるわけがない。
浴びせらせてきた罵声も嘲笑も、実は好意の裏返しでした、なんてことを言われても……信じられるわけがないだろう。
でも……
仮に、みんなの推理が正しいとしたら?
レティシアの行動の根っこの部分に、俺に対する好意があったとしたら?
その時、俺は……
「ハル、ちょっといいかしら?」
振り返ると、いつの間にかアリスの姿が。
「ごめんね。何度ノックしても返事がないから、入っちゃった」
「あ、ああ……いいよ。ちょっと考え事をしてたから、それで……」
「レティシアのこと?」
「……うん。実は好きかもしれない、なんて言われても、どうしたらいいか……いっそのこと、全部が悪意だらけの方がわかりやすくてよかったな」
自然と言葉が出てくる。
不思議だ。
アリスが相手なら、なんでも言えるような気がした。
「ハルは優しいね」
「え? なんでそんな話になるんだ?」
「なんだかんだで、レティシアのことをきちんと考えようとしているじゃない。普通なら、あんなヤツはもう知らない、で終わるわよ。でも、ハルは違う。ひどい目にあってきたのに、きちんと考えようとしている」
「それは……俺が優柔不断で、決断できないだけで……」
「そういうところは、ハルの優しさだと思うわ」
そうなのだろうか?
レティシアと決別すると決めたはずなのに。
宣言したはずなのに。
でも、ちょっとした情報が出てきたら、その気持ちが揺らいでしまって……
それなのに、アリスは優しいと言う。
俺は……
「急いで答えを出そうとしないで。ハルは焦りすぎ。ゆっくりと考えればいいの」
「そういう……ものか?」
「そういうものよ」
アリスの言葉で、やや胸が軽くなる。
「ありがと。少し楽になったよ」
「どういたしまして」
「それで……アリスはどうしたんだ? 俺になにか用が?」
「ハルが微妙な顔してたから様子見に」
話し合いを中断したのは、やっぱり、アリスの配慮によるものだったらしい。
「なんか……ありがとう。アリスには、いつも助けられているな」
「なら、今度、おいしいごはんでもおごってもらおうかしら?」
「いいよ。食べに行こうか」
「あっさりと了承されちゃった……ふふっ、とびっきり高いものを選ぼうかしら?」
「……お手柔らかに頼むよ」
「あははっ」
こうしてアリスと話していると、とても楽しい。
まるで、子供の頃に戻ったような気持ちになって……
「あれ?」
「どうしたの?」
「いや、なんか……不思議だな。ずっと前にも、こうしてアリスと話をしたような気がして」
「それはっ……!」
「えっ、もしかして、あるのか?」
「……ううん、ないわよ。ただの勘違いじゃない?」
そうなのだろうか……?
なにか引っかかるのだけど……でも、思い出せない。
「ハルも問題ないみたいだから、あたしは自分の部屋に戻るわね。おやすみ」
「アリスッ」
「うん?」
「あ、いや……なんでもない。おやすみ」
「うん、おやすみ」
笑顔で挨拶をするのだけど……
アリスがどこか寂しそうに見えたのは、気のせいだろうか?




