218話 そんなことを言われても
とんでもない話を、ひたすらにのんびりとした口調で言われてしまった。
俺が魔王として覚醒する?
そして、魔人を統べて、秩序を構築する?
「そんなことを言われても……」
それが正直な感想だ。
例えるなら、いきなり国をあげる、と言われたようなものだ。
誰かの上の立つ覚悟なんて、まるでない。
それなのに、お願いしますと言われても、困るという以外の感想がない。
ここで断ることは簡単なのだけど……
もう少し話を続けて、リリィの正確な意図を知っておきたい。
「どうして、そんなことを俺に?」
「もちろん、トレイターくんが魔王だからかなー」
「……質問を変えるよ。どうして、そんなことを願うの?」
「うーん」
迷うような間。
ややあって、少し真面目な顔をして、リリィは口を開いた。
「さっきも言ったけど、魔人も、私利私欲で暴走するばかりじゃないんだよねー。私みたいに、平穏を好む魔人もいるの」
「にわかには信じられないんだけど……」
「うん、それも仕方ないね。基本、魔人って私利私欲で暴走しているからね。人間と比べて、特に精神が発達しているわけじゃないし……それなのにとんでもない力を持ったりしたら、そりゃまあ、好き勝手しちゃうよね。自分は選ばれた存在だー、とか痛いことを想像しちゃうよね」
自分も同じ存在のはずなのに、やたらと魔人のことを悪く言う。
なにか恨みでもあるのだろうか?
あるいは……嫌悪?
リリィはのんびりとした様子で言うものの、わずかにだけど、隠しきれない負の感情が伝わってきた。
理由はわからないのだけど……
彼女は、魔人が嫌いなのだろう。
「今、大半の魔人は好き勝手やっているの。フラウロスやマルファスと接してきたあなた達なら、そのことがわかるよね?」
「「「……」」」
みんな、苦い顔に。
好き勝手してくれた魔人のことを思い返しているのだろう。
「だから俺に、魔王として君臨して、魔人達が好き勝手しないようにコントロールしてほしい?」
「せいかーい、その通りだね!」
「……リリィが、それを望む理由は? 好き勝手する魔人と違うと言い切れる証拠は? どうして……魔人なのに平穏を望むの?」
「んー……話さないとダメ?」
「ダメ」
「むぅ、厳しい……」
リリィが唇を尖らせた。
実年齢は俺達よりもかなり上のはずなのに、その仕草は妙に似合う。
「話してもいいんだけど、ちょーっと長くなりそうだから、また今度でいい? 逃げたりごまかしたりしない、って約束するから」
「それなら、俺もリリィのお願いの答えを保留するけど、いいよね?」
「むう……仕方ないか。うん、それでいいよ。どちらにしても、即答してもらえるなんて思っていなかったからね」
意外とあっさりと引き下がる。
今言った通り、初手で全てがうまくいくとは考えていないのだろう。
あえてこちらに考える時間を与えて……
その間に、色々と揺さぶりをかけてくるに違いない。
見た目や言動から勘違いしてしまいそうになるけど、リリィはなかなかの策士だ。
さすがというか、シノの主なだけはある。
――――――――――
寮の自室。
ベッドに寝て、ぼーっと天井を見上げる。
ここ最近、色々なことがあった。
クラウディアのこと。
レティシアのこと。
魔人のこと。
そして……俺のこと。
学術都市に来たことで、色々な疑問が解明された。
知りたいことを知ることができた。
でも、同時に新しい謎もいくらか増えて……
それだけじゃなくて、今後どうしたらいいのか? という問題が浮上した。
「レティシアのことを知るだけのつもりだったんだけど……まさか、俺の問題も出てくるなんてなあ」
レティシアを元に戻す、という目的は未だ達成されていない。
そんな状態で、新しい問題がプラス。
俺は、どれを一番の目的にして、歩いていけばいいのだろう……?
コンコン。
迷って迷って迷っていると、扉をノックする音が。
「はーい、どうぞ」
「お邪魔します」
姿を見せたのは、アリスだった。
「どうしたの?」
「んー……ちょっとハルのことが気になって」
「俺?」
「色々とあって、色々とわかったでしょう? それで、考えすぎていないかな……って」
まさにその通りなので、驚いてしまう。
「よくわかったね」
「わかるわよ。ハルってば、考えていることが顔に出やすいし、隠しごとはできない性格だし……それに、あたしは、いつもハルのことを見ているもの」
「そうなの?」
「そうよ」
アリスがにっこりと笑う。
いつも通り、優しくで穏やかで、見ているとほっとするような笑顔だ。
そんなアリスを見ていると、不思議に思うことがある。
出会った時から色々と良くしてくれて……
アリスは、どうしてここまでしてくれるのだろう?
性格が良いことは関係しているだろうけど、それだけじゃないような気がして……
「アリスは、なんで俺に優しくしてくれるの?」
気がつけば、そんなことを尋ねていた。
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