21話 なにもしていないけど否定できない
「レティシア!? な、なんでここに……!?」
そのうち追いつかれるかもしれないとは思っていたが、早すぎる!
あと、よりにもよってこんなタイミングで見つかるなんて!?
サナはドラゴンだけど、見た目は幼い女の子だ。
そんな子に好きにしてくださいとか奴隷にしてくださいとか、そんなことを言われているところを見られるなんて……
「それは私の台詞よ! ハルっ! あんた、決闘をすっぽかすだけじゃなくて、こんなところで小さい子と奴隷プレイなんて、ずいぶんと良い身分になったものねぇ……! ふふふっ、その根性、私が叩き直してあげるわ! このロリコンっ」
「うっ……」
どうしよう。
いつものレティシアの罵声が、今はとんでもない正論に聞こえてしまう。
それも当然か。
サナのさきほどの台詞を、前後の事情を知らずに聞いたら、俺はとんでもないど畜生だからな。
「えっと……誤解だ、レティシア。俺は彼女になにかしようなんて、これっぽっちも考えていない」
「へぇ……なら、今さっきの台詞はどういうことかしら? まさか、その小さい子が自主的に言い出したとでも?」
「そうだ」
「ふざけんなあああああぁっ! そんなウソ、通じるわけないでしょ!」
「いや、ホントなんだよ。俺の弟子になりたいって言い出して、それで、なんでもするから、っていう話の流れで……」
「ハルの弟子? って……」
レティシアはうさんくさそうに小さい子を見て……
目を大きくして驚く。
「うそっ……その子、ドラゴンじゃない!?」
「わかるのか……?」
「角と尻尾が生えているじゃない。わかるに決まってるでしょ」
サナの変身は、ちょっと中途半端なんだよな。
世の中のドラゴンは完璧な変身能力を持つらしいが……
サナはまだ、未熟なところがあるのだろう。
レティシアは偉そうに胸を張る。
いつもと変わらない、いつも通りのレティシアだ。
そんな彼女を見て、サナが心底不思議そうに小首を傾げる。
「あれ? なんで、こんなところに勇者がいるっすか? おかしいっすよ」
「あー……俺、レティシアに追いかけられているんだ。それで、どこかでここを聞きつけたんだろうな」
「単なる偶然よ」
まさかの勘だった。
「師匠を追いかけて? ……あっ、わかったっす! 勇者も師匠のファンなんですね!?」
「はぁ!?」
「師匠のことが好きすぎて、ストーカーになっちゃったっすね? それで付きまとわないでくれとか言われて、ショックだったっすね? ダメっすよー、そういうことをしたら。相手の迷惑を考えないと」
サナがそれを言うか?
っていうか、まずい!
そんなことをレティシアに言えば、どんな反応をするか……
慌ててレティシアの方を見ると、
「は、ハルのことを好きとかありえないし!? はぁっ、はぁっ!? あんた、なにふざけてこと言ってるわけ! ありえないしっ、ありえないしっ……は、はぁ!?」
ものすごく動揺していた。
こんなレティシア、初めて見るかもしれない。
「……ねえ、ナイン。あれがツンデレというやつですか?」
「……いえ、お嬢さま。行動を見る限り、ヤンデレの方が濃厚でしょう」
「……なるほど、勉強になりますね」
アンジュとナインは、呑気にそんな会話をしていた。
できることなら助けてほしいのだけど、それは難しいか。
「まあ、細かいことはどうでもいいっすね。自分は、サナっす。師匠を好きなもの同士、仲良くやりましょうっす」
「だーかーらー、私はハルのことなんかどうでもいいんだから!」
「またまたー、そんなバレバレのウソを。態度を見ていれば、簡単にわかるっすよ。ドラゴンの観察眼、舐めないでほしいっすね」
意外というべきか、サナがマウントをとっていた。
天然……というか、アホの子にはレティシアの横暴も通じないのかもしれない。
ついつい、そんな失礼なことを考えてしまうけど、仕方ないよな?
「よりにもよって、聖女の巡礼に同行するなんて……勇者である私に対するあてつけかしら!? 絶対許せない!」
「お前、邪魔するつもりか?」
「ハルが悪いのよ。ふざけたことを何度も繰り返しているんだから」
それはどっちだ。
「くっ、まずいわ、ハル! 奥にある部屋に先に入られたら、邪魔をされてしまうわ!」
「アリス……?」
なぜか、アリスが焦ったようにそんなことを言う。
でも、すでに巡礼は済ませているのだけど……
「へぇ……それはいいことを聞いたわ! 私がその部屋を占拠すれば、ハルたちは依頼を達成できず、失敗っていうことになるわね。あはははっ、いい気味よ! 私の言う通りにしなかったことを後悔して、少しは反省しなさい!」
「あっ、おい!? レティシア!」
レティシアは俺たちを押しのけて、一人、洞窟の奥に消えていった。
だから、巡礼はもう終わっているんだけど……
そして、アリスが朗らかな笑顔で言う。
「よし。これで、うまくいけばレティシアはあの部屋に閉じ込められるわね。勇者だから突破されちゃうだろうけど、多少の時間稼ぎにはなるはずよ。今のうちに、アーランドへ戻りましょう」
「……アリスって、策士だな」
「でしょ?」
得意そうな顔になるアリスに、ついつい苦笑してしまう俺だった。




