200話 見えない魔物
ファントムという、希少種の魔物がいる。
一言で言うのならば、ファントムは幽霊だ。
壁や床をすり抜けることができて、どんなところにでも現れる。
結界を展開すれば防ぐことはできるのだけど……
常時結界を展開するというのは、なかなかに難しい話なので現実的ではない。
さらに厄介なのが、ありとあらゆる攻撃もすり抜けてしまうというところだ。
物理、魔法、どちらも効果がない。
不死であり、無敵。
反則すぎる魔物だ。
「まさか、ファントムなんてものがいるなんて……」
「ハルは、よく知っていたわね?」
「あー、うん。レティシアと一緒に旅をしていた頃……」
「あ、うん。だいたいわかったから、それ以上は言わなくていいわ」
アリスは、ハンカチで目元を拭うような真似をして、俺の台詞を止めた。
ものすごく同情されていた。
まあ、今までのパターンと同じ内容だから、同情されてもおかしくはないのだけど。
「ファントムは無敵の魔物として有名ですから、私も知っていますが……どうして、こんなところに出没しているのでしょうか?」
「ダンジョンに現れたという話は、私も聞いたことがありませんね……基本的に、屋外にいるという話でしたが」
「でも、希少種の研究は進んでないからね。実はダンジョンが好きなのかも?」
「自分、ファントムは嫌いっす……遭遇したことあるけど、本当に無敵でチートだから、やられっぱなしだったっす……」
「わたくしは見たことはありませんが……あの学院長でさえ、ファントムは手に負えない、とおっしゃっていたような?」
みんなもファントムのことを知っているみたいだ。
でも、それも当たり前か。
ファントムは、希少種の中で、さらに一際珍しい存在だ。
おとぎ話なんかにも使われている。
わがままを言う子供に、「悪いことをしたらファントムに食べられちゃうぞー」と言い聞かせることもある。
そんな存在なので、見たことはなくても、誰もが知る存在となっていた。
「ファントムのせいで、私達はとても大変なのよ。困っているのよ」
ルミエラがため息をこぼす。
アリエイルも、続けてため息をこぼす。
共に、とても憂鬱そうな顔だ。
詳しい話を聞くと……
ファントムはふらっと現れて、気ままに暴れ回り、そしてまた、ふらっと消えるらしい。
まるで自然災害だ。
不幸中の幸いというべきか、今のところ死者はなし。
交代で結界を張り、ファントムの侵入を防いでいる。
ただ、24時間、常時結界を張り続けることは難しい。
被害をゼロにすることはできず、日々、怪我人が積み重なり……
なかなかに危ない状況らしい。
「避難はしないんっすか?」
「それも考えてはいるんですけどねー……」
「私達、妖精が外の世界で暮らすのは、けっこう大変なことなのよ。敵は魔物だけじゃないのよ。仲間が人間に捕まるとか、そういうこともあるのよ」
「確かに……」
妖精もそれなりに希少な存在で……
人身売買が行われている、という話を聞いたことがある。
同じ人間として、非常に申しわけなく思う。
「とはいえ、ここにいても危険なことであることには変わりありませんからねー……最悪の場合、外に出て、別の場所を探すということも考えないといけませんが」
「できるなら、ここに残りたいのよ。人間はほとんどやってこない」
「たまに来たとしても、話し合いができる、理知的な人がほとんどなんですよねー」
ダンジョンであると同時に、ここは図書館でもあるからな。
図書館を利用する人は、多種族を捕まえて稼ごうなんてこと、なかなか思わないだろう。
「どうかしら? ファントムをなんとかしてくれないかしら?」
「倒すなり、二度と来ないようにするなりしてくれたら、転移陣は好きにしていいですよー」
「それと、妖精のお宝もあげるのよ。とても良い話だと思うわ」
「それは、そうなのだけど……」
「どうにかしたい、とは思うのですが……」
アリスとアンジュは暗い顔に。
スムーズにダンジョン攻略を行うために、妖精達の頼み事を聞きたい。
それを抜きにしても、困っているのなら力になりたい。
そう思っているみたいだけど……
相手は、一切の攻撃が通用しないと言われている、ファントムだ。
なんとかする、と気軽に約束をすることはできない。
「師匠、師匠」
くいくいと、サナが俺の服を引っ張る。
「師匠なら、なんとかできないっすか?」
「サナ、無茶を言わないの。いくらハルでも、できることとできないことがあるんだから」
「そうですね……ハルさまは強大な魔力を持っていますが、ファントムには、魔法も通じないと言われています」
「ハルでも厳しいかな」
諦めムードが漂い、みんな、暗い顔に。
でも、うーん……
「確たることは言えないんだけど……もしかしたら、なんとかなるかも?」
「「「えっ!?」」」
みんなが驚いた。
元々、無茶振りという自覚はあったのだろう。
妖精達も驚いていた。
「……いやいや、まさかー」
「そんなに転移陣を使いたいのかしら? でも、ウソはいけないことなのよ」
ルミエラとアリエイルは信じてくれず、あはは、と笑う。
冗談と思われたみたいだ。
一方、みんなは……
「いくらハルでも、ファントムを相手にするなんて……」
「でもアリスさん、ハルさんですよ?」
「ハルさまならば、と考えてしまいますね……」
「ハル、やらかした?」
「師匠は、いつもデタラメっすねー」
いつも通りの反応だった。
ただ、クラウディアだけは別。
出会いは最近なので、俺のことも詳しくは知らず……
「本当に、そのようなことが可能なのですか?」
なんてことを尋ねられた。
うんうん。
こういう反応は新鮮だよね。
最近のみんなは、俺のこと、怪獣かなにかと勘違いしているみたいだもの。
もっと普通に扱ってほしい。
「可能どうかはわからないんだけど、試してみる価値はあると思うんだ」
「ねえ、ハル。ダンジョン内で上級火魔法なんて撃ったら、私達は生き埋めよ?」
「確かに、あれだけの威力があるのなら、ファントムでさえも消し飛ばすことが……」
「違うからね?」
俺、そんなに見境がないと思われているのかな……?
「アレならいけるんじゃないかな、って思うんだ」
『面白かった』『続きが気になる』と思って頂けたなら、
ブックマークや☆評価をしていただけると、執筆の励みになります。
よろしくお願いします!




