190話 一緒に
今、なにが起きているのか?
この世界のことを知りたい。
そのために知識を欲する。
そう決めたものの……
「ふぅ」
一人になると、気がつけばため息がこぼれてしまう。
「魔王……か」
悪魔のことは子供でも知っているようなことだけど……
でも、魔王なんてものは知らない。
誰も知らない。
悪魔の王だから、魔王。
実にわかりやすい。
でも、その実態は不明。
まあ、名前からして、ろくでもない存在なのは間違いないんだろうけど……
「それが俺、と言われても……うーん」
いまいち実感が湧かない。
俺は今まで、ハル・トレイターという人間として生きてきた。
それが今になって、実は人間じゃなくて、とんでもない存在なんだよ? と言われても、ピンと来ない。
でも……
「……みんなは、なんて思うかな」
もしも怖がられたら?
もしも不安に思われたら?
それが怖い。
親しい人に態度を変えられてしまう。
それまで笑顔を向けてくれていたのに、まったく別の表情を向けられてしまう。
「……っ……」
レティシアのことを思い返して、自然と自分を抱きしめるような形になる。
また、あんな思いを味わうのかな?
そうだとしたら、俺は……
「ハル」
「ハルさん」
振り返ると、アリスとアンジュの姿が。
それぞれ俺の左右に座る。
「どうしたの、こんなところで?」
「こころなしか元気がないように見えますが……なにかありましたか?」
「えっと……」
どう答えたものか。
迷っていると、二人は、ほぼほぼ同時に鋭い目つきになる。
「ハル、またなにか悩んでいるでしょ?」
「そして、それを一人で抱え込もうとしていませんか?」
「えっ」
図星をつかれて、動揺してしまう。
「その反応……あたし達の見立ては間違いないようね」
「ど、どうしてわかるの?」
「それは、まあ、いつも見ているし……って、それはどうでもいいの」
「ハルさん、なにを悩んでいるのですか? よかったら、教えてくれませんか? 力になれるかどうか、それはわかりませんが……話を聞くことはできますし、一緒に悩むことはできます」
「それは……」
悩んでいることを話すことができないのだけど……
「無理に話せとは言えないけど……でも、話してほしいわ」
「それはどうして?」
「ハルは、あたし達が困っていたらどうする?」
「もちろん、力になるよ。まずは話を聞いて、俺にできることなら全力で対処する」
「つまり、そういうこと。ハルがそうするように、あたし達も放っておくなんてことはできないの」
「ですから、どうか力にならせてください」
「アリス……アンジュ……」
二人の気持ちはとてもうれしく、ちょっと泣いてしまいそうになる。
二人に甘えてもいいのかな?
……いや。
甘えるというよりは、頼りにする、という方が適当かもしれない。
俺一人でできることなんて、たかがしれている。
そのことは身にしみてわかってきたはずじゃないか。
それこそ、レティシアと一緒にいる頃から。
「……実は」
シノとの話で得た情報、全部を打ち明けた。
「というわけで……今後の方針は決まっているんだけど、なんていうか、その……俺はよくわからない存在みたいだから、みんなにどう思われるか、そこが不安になって……」
「……ハル……」
「……ハルさん……」
アリスとアンジュは互いの顔を見て、コクリと頷いて……
「えっ、えっ」
左右から包み込むかのようにして、そっとこちらに抱きついてきた。
そのまま二人に頭を撫でられる。
「もう、そんなことを気にしていたなんて……バカね、ハルは」
「ですが、私達はハルさんを変な目で見るなんてことは、絶対にありません。それは私とアリスさんだけではなくて、ナインもサナさんもシルファさんもクラウディアさんも……みんな、同じです」
「それは……うん、そうなんだろうと思う。ただ、どうしても考えちゃうんだ」
レティシアの冷たい視線を思い出す。
ひどい態度を思い出す。
事情があると、今は理解できているのだけど……
それでも、今までとはまったく違う態度をとられた時は辛かった。悲しかった。
また同じようなことになったら……と、恐怖してしまう。
そんな俺の弱さを、二人は優しく包み込み、癒やしてくれる。
「大丈夫。ハルは、なにも心配しなくていいの。あたしは、今度こそ、ずっと一緒にいるから」
「私はハルさんに助けられました。命の恩人です。ただ、それを除いても、ハルさんと一緒にいたいと思います。なにがあっても離れたりなんかしません。お願いされてもイヤです」
なんだか、こうしてもらっているとすごく落ち着く。
あれほど不安でざわめいたいた心だけど、今は穏やかな風が吹いていた。
「……えっと」
「うん、どうしたの?」
「ちょっとしたお願いがあるんだけど、なんていうか……」
「はい、なんですか?」
「……もう少し、このままでいい?」
アリスとアンジュは顔を見合わせて、
「「もちろん」」
にっこりと笑うのだった。
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