19話 空の王者
その爪は、鉄を紙のように引き裂いて。
その鱗は、ありとあらゆる武器と魔法を弾いて。
その翼は、音を超える速度で空を飛ぶ。
それがドラゴン。
人間と魔物を大きく凌駕する、究極の生物の一角と言われている。
そんなドラゴンが……眼の前にいた。
洞窟の出口で待ち構えていたらしい。
なんで俺たちのことがバレて……って、当たり前か。
よくよく考えてみたら、扉が開く時に大きな音を立てていた。
気づかないわけがない。
「我の留守を狙い、領域を荒らすか。許せぬ。その愚行、死をもって償うがいい!」
「アンジュっ!」
「は、はいっ……スリープ!」
アンジュはあたふたと慌てながらも、睡眠魔法を唱えた。
これが効いてくれればいいのだけど……
「……なんだ、その児戯は?」
効いていない!?
「そんなっ!? あなたたちドラゴンは強い魔法耐性を持ちますが、睡眠魔法に対する耐性はないはずなのに……ど、どうして」
「愚かな質問だ。しかし、己の無力を痛感させるために、あえて答えてやろう。我はドラゴンの中でも、上位に位置するエンシェントドラゴン。人間の魔法など効かぬ」
「え、エンシェントドラゴン……世界に数匹しかいないと言われている、伝説の……」
恐れ、戦意を喪失したアンジュがその場に膝をついた。
「くっ、お嬢さま!」
アンジュをかばうように、ナインが双剣を手に突撃した。
「風斬っ!」
双剣技が炸裂する。
普通の魔物ならば、なにが起きたかわからないうちに体を両断されていただろう。
それほどまでに速く、鋭い一撃だ。
しかし、
「無駄だ、小さき者よ」
「なっ……!?」
ドラゴンはその場から動くことはない。
ただ、ナインの双剣が自爆するように砕けた。
強靭な鱗を突破することができず、負荷に耐えかねたのだろう。
「我に武器も魔法も通用しない。人間たちよ、力なき己に絶望するがいい」
「なら、これはどうかしら!?」
アリスが手の平サイズのなにかを放り投げた。
それはドラゴンの目の前に飛び、
カッ!!!
爆発すると同時に、強烈な光を発した。
閃光爆弾だ。
主に相手の視界を奪う道具として活用されている。
「ナイン、アンジュを! ハル、今のうちに逃げるわよ!」
「……いや、ダメだ」
「え?」
光が晴れると、そこには悠然と佇むドラゴンの姿が。
視界をやられている様子はない。
無駄な悪あがきをする……と、あざ笑っているかのようだった。
「それで終わりか、人間よ?」
「うそ……レベル60以上の魔物も怯む、特製の閃光爆弾よ……? なんで平気なのよ……」
「これが我の力、ドラゴンの力。我の力は、人間ごときに予想できるものではない。その範囲に収まることはない。さあ、絶望するがいい」
ドラゴンは翼を大きく広げた。
その圧に押されてしまい、戦意を喪失してしまいそうになる。
しかし。
ここで諦めるわけにはいかない。
倒れるわけにはいかない。
アンジュは俺を信じて依頼を出したのだ。
なら、その期待に応えてみせないと。
誰かの想いを裏切るようなことは、したくない!
「諦めてたまるか」
「ほう……まだ我に抗うつもりか。人間にしては、なかなかの胆力を持つ。いや……単に現実が見えていないだけか? ふむ……どちらにしてもおもしろい。人間よ、一つ賭けをしようではないか」
「賭け……?」
「ありったけの力で攻撃をするがいい。我をあっと言わせることができたのならば、その時はお前たちを見逃してやろう。しかし……お前の全力が届かない時は、我の領域を侵した罰として、その体、魂ごと粉々に切り裂いてくれよう」
「……いいだろう」
ドラゴンに勝てる可能性なんて、ゼロに等しい。
ましてや、俺なんかの力が通じるとは思えない。
でも。
もう諦めるようなことはしたくない。
思考放棄して、その場の流れに任せるようなことはしたくない。
例え死が待ち受けていたとしても、俺は、俺の運命を自分で選ぶ!
「いくぞっ!」
「ハル、やっちゃえーっ!!!」
アリスの声援を受けて、力が湧いてきたような気がした。
それを魔力に変換するような感じで、魔法を唱える。
「ファイアッ!!!」
「おぉっ!!!?」
豪炎がドラゴンを包み込んだ。
その体を燃やし尽くすべく、紅蓮が荒れ狂う。
周囲の草木が一瞬で燃えて、塵となる。
熱波が広がり、大気が揺らぐ。
そして……
「……」
炎が収まり……
変わらずに悠然と佇むドラゴンの姿があった。
――――――――――
し……し……し……
死ぬかと思った!!!
我は人間たちにバレないように、安堵の吐息をこぼす。
気まぐれに、全力を出してみろと賭けをしたのだけど……
なんだ、この人間は?
これほどの威力を出せるなんて、本当に人間なのだろうか?
実は魔王です、と言われても、我は納得してしまうぞ。
なにしろ、あと少しで我の鱗が溶かされてしまうところだったからな。
それだけではなくて、けっこうなダメージを食らってしまった。
体力の半分くらいが削られただろうか?
本当に……何者なのだ、この人間は?
「くっ……ダメか!」
我がダメージをまったく受けていないと勘違いしたらしく、人間は悔しそうに言う。
実のところ、ふらふらではあるが……
人間相手に追いつめられたなんて、認められるわけがない。
そんなことを認めたら、我のプライドはズタズタだ。
我は平然と、なんでもないフリを続ける。
「その程度か、人間よ?」
「それは……」
「ならば、賭けは我の勝ちだ。その命、その魂……我に捧げてもらおうか。しかし……」
「あっ」
なかなかに健闘したから見逃してやろう、と言おうとしたところで、人間がなにかを思い出した様子で目を大きくした。
「も、もう一回、いいか!?」
「なんだ? 時間稼ぎのつもりか? そのような愚策を我が受け入れるなど……」
「いや、違うんだ。よくよく考えてみれば、今の全力じゃなかったんだよ」
「……へ?」
まったく予想外の言葉を聞かされて、ついつい素の声がこぼれてしまう。
「俺、最近になって中級魔法を覚えたんだけど……覚えたばかりだったから、ついついその存在を忘れていたんだ。だから、こっちでもう一度、勝負をさせてくれ」
「……え?」
今の攻撃が全力じゃないの?
今以上の攻撃があるの?
そんなものを受けたら……我、死ぬんじゃね?
「……人間よ。そなたの持つ勇気に免じて、この場は見逃してやろう。だから……」
「いくぞ! 今度こそ、今の俺の全力全開だ!!!」
「この場は見逃して……いや、あの、我の話を聞いている!? 聞いていないのかな!!!?」
「ありったけの魔力を込めて……今、必殺のぉっ……!」
「待てっ! 待て待て待て!? いや、待ってください!!!? なにその膨大な魔力!? ドラゴンの我でも見たことがないような、とんでもない魔力ではないか! 星中の魔力をかき集めたような……ちょ!? それはマジでやばいから!?」
「フレアブラストッ!!!」
「いやぁああああああああああぁぁぁーーーーー!!!!!?」
我は悲鳴をあげて、全力で避けた。
ドラゴンのプライド?
そんなもの知るか!




