188話 想いは同じ
振り返ると、ナインの姿が。
珍しい。
いつもアンジュの傍に控えているのに、今は一人だ。
サナとシルファは小首を傾げた。
「どうしたっすか? アンジュはいないっすか?」
「お嬢さまは、ハルさまに用事があるらしく……邪魔をするわけにはいかないので、私は別行動をとらせていただくことになりました」
「師匠に用っすか? なんすかね?」
「はぁ……」
鈍いなあ、という感じでシルファがため息をこぼした。
幼いように見えて、他人の心の機微には敏感だ。
アンジュがハルに特別な感情を寄せていることくらい、すぐにわかった。
もっとも、本人は純粋すぎるせいか、自覚していないようだが。
「私は特にこれといった目的はないので、学院内の散歩をしていたのですが、そこでお二人の話が聞こえてしまい……盗み聞きをするようなことをしてしまい、申しわけありません」
「いやー、いいっすよ。ナインなら、別に聞かれて困るようなことじゃないっすからね」
「他の人ならちょっと困るかもね」
シルファからしたら、今の話は弱味を見せるようなものだ。
仲間であるナインならともかく、顔も知らない人に聞かれることは好ましくない。
下手をしたら、その情報がよからぬ相手に回るかもしれない。
……などと、考えすぎな思考回路を持つところは、シルファの通常運転だったりする。
「でも、強くなればいいって、どういうことっすか?」
「そのままの意味です。現状で足りないと思っているのならば、さらに上を目指すことが最善なのではないでしょうか?」
「そう言われてみると……」
「そうだね」
ナインが言うように、答えは最初から決まっている。
現状の自分に満足がいかないのならば、さらに高みを目指すしかない。
それが実現可能可かどうか。
困難かどうか。
そういう問題はあるものの、しかし、それは些細なこと。
この場合、一番の問題となるのは、本人のやる気なのだから。
「でも、どうすれば強くなれるっすかね……?」
「シルファも、それなりの訓練を積んできた。でも、これ以上となると……」
悩ましげな顔をする二人に、ナインは静かに冷静に提案する。
「では、図書館ダンジョンを利用するというのはいかがでしょう?」
「「図書館ダンジョン?」」
「あそこは多数の魔物が生息しているだけではなくて、別ルートを移動すると、多くの階層守護者がいるそうです。それだけではなくて、色々なトラップや仕掛けが用意されていることから、力だけではなくて判断力なども鍛えられるでしょう」
「なるほどっす……」
「それに、私達の知らない知識が眠っているかもしれません。知識は宝です。思いがけない知識を得ることで、思いがけないパワーアップを果たすことも可能でしょう」
「一理あるね」
サナとシルファの心が図書館ダンジョン探索に傾いていく。
しかし、図書館ダンジョンは広大だ。
天使の鈴を取りに行く時でさえ、あらかじめ大体のルートがわかっていたというのに、半日近くかかった。
もしも、あの中で修行をするとしたら?
最深部を目指すとしたら?
一日や二日では足りないだろう。
下手をしたら、月単位の時間が必要になるかもしれない。
それだけの間、ハルの傍を離れても大丈夫なものか?
月単位で離れるというのなら、さようならにしようか……なんてことを言われないだろうか?
サナはだらだらと汗をかく。
妙なところでメンタルが弱いドラゴンであった。
それこそがサナらしいところでもあるのだが。
「図書館ダンジョンでの修練ならば、問題はないかと。ハルさまも、同じようなことを考えているらしく……まだしばらくは、学院に留まる予定のようです」
「おー、そこまで調べているなんて」
「さすがだねー」
サナとシルファは互いの顔を見る。
共に、不敵な表情を浮かべていた。
「そういうことなら……」
「特訓、してみる?」
この時、サナとシルファは、ほぼほぼ同じことを考えていた。
特訓して強くなる。
大活躍する。
ハルに褒めてもらう。
そこまで考えて、サナがにへら、とだらしのない顔になる。
シルファは変わらず無表情ではあるが、こころなしかうれしそうだ。
二人共、ハルのことが大好きであるが……
それは恋愛感情ではなくて、どちらかというと、ペットが飼い主に向けるような好意だったりする。
「ナインも特訓するっすか?」
「はい。できれば、私も同行させていただけると助かります」
先の戦いで、己の力不足を痛感したのはサナやシルファだけではない。
ナインもまた、なにもできない自分を恥じていた。
主がピンチに陥っていたというのに……
その主が慕う恩人もまた、ピンチに陥っていたというのに……
結局、なにもできなかった。
相手は魔人。
人間の攻撃は通じない。
だから仕方ない。
普通はそう考えるのだけど、ナインは、それは甘えや妥協の類を判断する。
できることを全てやり、その上で届かないのならば、まだ納得できただろう。
しかし、ナインはまだできることを全てやっていない。
限界まで鍛えたとは言えない。
だから、もっともっと強くならないといけないのだ。
「よし! それじゃあ、ナインも一緒に強くなるっす」
「がんばろうね、おー」
同じ目的を持った者だから、もはや同志と言っても過言ではない。
サナとシルファは、快くナインの参戦を了承した。
「ふっふっふ……ものすごく強くなって、師匠になでなでしてもらうっす。ふへへへ……」
サナは、欲望まみれの願望を口に出して、
「シルファはまだまだやれる子。がんばればできる子。うん、がんばろう」
シルファは、拳を握り、かわいらしく気合を入れて、
「お嬢さまのため、さらに精進したいと思います」
ナインは表情を変えることなく……
しかし、心の中で強い決意を固めた。
全てはアンジュのため。
全ては……恩返しのため。
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