１８７話　サナとシルファの憂鬱

「はぁああああひぃうううううへぇえええええ……」

　魔法学院の中庭。

　そこで、サナが黄昏れていた。

　背中を丸めつつベンチに座り、よくわからないため息をこぼしている。

　いつもの笑顔はない。

　元気の欠片もない。

　落ち込んでいるのだろう。

　ドラゴンであるサナは注目の生徒だ。

　ただ、ドラゴンである故に気さくに接する者はおらず、周囲の生徒達は、サナのことを気にしつつも声をかけられないという状況に陥っていた。

　そんな中、ずんずんと彼女に近づく者が。

「やっほー、シルファちゃんだよ」

　シルファだった。

　彼女を知る者からしたら、おかしくなった？　と思うような挨拶だ。

　ただ、これはこれで、シルファなりの気遣いだったりする。

　サナの様子があからさまにおかしいため、こちらのテンションを上げて、場を和ませようとしたのだ。

　もっとも、いつもと変わらないローテンションでそんな挨拶をするものだから、シュール極まりない。

「ふへぇ……」

「やっほー」

「はひぃ……」

「サナ、調子悪い？」

「……ん？　シルファっすか」

　そこで初めてシルファに気がついた様子で、サナはのろのろと視線を横に動かした。

　この落ち込みよう、タダゴトではないな。

　シルファはそう感じつつ、隣に座る。

「なんか落ち込んでいるみたいだけど、どうかした？　シルファで良ければ、話を聞くよ？」

「うぅ、ちびっこは優しいっすねえ……」

「シルファは確かにちびだけど、そうやって真正面から言われると微妙な気分になるかな」

　シルファは軽く唇を尖らせた。

　当初は、人形のように感情を表現することのない少女だったが……

　ハル達と一緒に旅をすることで、こうして、感情を表に出すようになってきていた。

　ただ、その変化に、シルファ自身はまだ気がついていない。

「すまないっす……特に悪気はなかったっす」

「いいよ。それで、どうしたの？　お腹へった？」

「そんなんじゃないっす……」

　サナは迷うような間を挟んだ後、そっとシルファに問いかける。

「自分、ドラゴンじゃないっすか？」

「そうだね」

「誰もが恐れるドラゴンじゃないっすか？　世間では、最強とか食物連鎖の頂点とか、そんな風に言われてるじゃないっすか？」

「そうだね」

「でも……実は、雑魚じゃないっすか……」

「うん？」

　シルファは小首を傾げた。

　なぜ、そんな結論になるのだろう？

　ややドジな面はあるものの、サナは強い。

　ドラゴンの力……超ハイスペックな能力で敵を圧倒することができる。

　事実、そこらの魔物ではサナの相手にならない。

　デコピン一発で撃退されるだろう。

　それなのに、どうして雑魚なんて？

　シルファが不思議そうにしていると、サナは力なく語る。

「最強とか言われてて、敵はないとか思ってたっす……あ、師匠は別っすよ？　あれはもう、人間にカウントしちゃいけないと思うっす」

「そうだね、ハルはちょっとおかしいから」

　本人がこの場にいたら泣いてしまいそうなことを口にしつつ、話は進む。

「でも……自分は、魔人っていうのを相手に、なにもできなかったっす。前回も、今回も……」

「あー……それは、そうだね……」

　魔人のことを思い出したシルファは、サナと同じように暗い顔になった。

　サナの気持ちはよくわかるつもりだ。

　シルファも、戦闘に関してはそれなりに自信がある。

　ハルが現れる前は負け知らずだ。

　ハルに負けたことは……まあ、よしとしよう。

　サナも言っていたが、ハルの力はおかしい。

　莫大な魔力を持っていることもそうだが……

　的確な戦況判断。

　不意を突いたとしても、即座に最適解の行動を示してくる。

　化け物と呼ぶしかない。

　ハルが聞いたら泣きそうなことを再び考えるシルファだった。

「師匠の目的を考えると、これから、また魔人とぶつかることはあると思うっす」

「そうだね、そこは避けられないと思うかな？」

「その時に、自分、役に立てるか不安で……」

「あー……」

　ようするに、サナは自信を失っているのだ。

　最強のはずのドラゴンのプライドは、ハルにバラバラに打ち砕かれて……

　しかし、その時は、ハルに弟子入りすることで回復した。

　ただ、今回は違う。

　圧倒的な力を持つ魔人の前になにもできなかったという無力感。

　それがサナの心を蝕み……そして、現在の落ち込み状態へ繋がる、というわけだ。

「シルファもなにもできなかったんだよね……」

　サナほどではないが、シルファも己の力にそれなりの自信があった。

　望んで得た戦闘技術ではないとはいえ、それでも、なにもできなかったとなるとプライドが傷ついてしまう。

「ひょっとして……」

「シルファ達は……

「「役立たず……？」」

　二人は顔を見合わせて、

「「はぁあああ……」」

　深い深いため息をこぼした。

　サナの悩みを聞くつもりだったシルファも、負のオーラに飲み込まれてしまう。

　強敵に勝てない。

　役に立てない。

　そのことが、二人の精神を摩耗させる。

　二人は戦闘狂というわけではないが……

　しかし、恩人であるハルの役に立ちたいと常々思っている。

　ただ、役に立つどころか足を引っ張ってしまうばかりで……

　なんとも虚しい。

「強くなりたいっすねえ……」

「うん、そうだね……」

　二人が黄昏れて……

「なら、強くなりましょう」

　ふと、そんな声がかけられた。