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186話 アリスのため息

「……」


 学院の中庭で、クラウディアは一人空を見上げる。


「ふぅ」


 ややあって、ため息をこぼした。

 それから、視線を動かして建物の方へ。


 その視線は学院長室を捉えている。


 もちろん、中庭からはなにも見えない。

 部屋の中の様子はわからない。


 ただ、今はハルとシノが話をしているはずだ。

 どのような話なのか、それはわからないが……

 二人の会話が気になる。

 とにかく気になる。


「おそらく、お兄さまやお父さまをそそのかした者に関する話なのでしょうが……むう、わたくしが除け者にされるのは気分がよくありませんわ」


 むむむ、とクラウディアは眉を中央に寄せる。

 それから、唇を尖らせた。


 本当はわかっているのだ。

 自分は、別に除け者にされたわけじゃない。


 ハルもまた、色々とわからないことだらけなのだろう。

 だから、まずは自分が最初にシノと話をして、情報を整理する。

 その後、自分達に話をしてくれる。


 そんな流れなのだろう。


 それは理解しているのだけど、


「はぁ……落ち着きませんわ」


 そわそわ。

 そわそわ。

 そわそわ。


 クラウディアは中庭を行ったり来たり。

 そして、時折、学院長室の方を見る。


 どんな話をしているのだろうか?

 そのことを気にしているのだけど、しかし、それだけというわけでもない。


 ハルのことが気になるのだ。


 気がつけば、ハルのことを考えている。

 ハルがいないかどうか、目で探してしまっている。

 そしてハルがいれば、ついつい目で追いかけてしまう。


「はぁ」


 今日何度目になるかわからないため息がこぼれた。


 ため息をこぼしているが、イヤな気持ちではない。

 むしろ心地良い。

 胸が弾んでいるような、それでいてワクワクとしているような。


 その感情の正体は……


「あ、いたいた。クラウディア」

「ぴゃあ!?」


 突然声をかけられたクラウディアは、ビクンと体を震わせた。


 恐る恐る振り返ると、アリスの姿が。


「あ、アリスさんですか……もう、驚かさないでください」

「えっと……ごめんなさい? でも別に、驚かせようと思ったわけじゃないんだけど。あたし、普通に声をかけただけよ?」

「そう、ですわね……驚いたのは、わたくしが考え事をしていたから。すみません。八つ当たりになってしまいました」

「ううん、気にしていないから。それよりも、なにか考え事?」

「そ、それは……」


 さきほどまで考えていたことを見られたような気持ちになり、クラウディアは思わず目を逸らしてしまう。


 鋭いアリスは、そんな反応でだいたいのところを理解した。


「あー……」

「な、なんですの、その反応は?」

「えっと、間違いだったらごめんね。もしかして、ハルのことを考えていた?」

「ぴゃっ!?」


 見事に言い当てられてしまい、クラウディアは思わず変な声をこぼしてしまう。


「な、なななっ、なんのことですの!? ど、どうしてそこで、ハルさんの名前が出てきて、というか、わたくしがハルさんのことを考えて……」


 とてもわかりやすい反応だ。

 そんなクラウディアの反応に、むしろ、アリスは好感を抱いてしまう。


「大丈夫。クラウディアの気持ちは内緒にしておくし、勝手にハルに伝えるなんてことはしないから」

「うぅ……」


 もはや否定することもできず、クラウディアは、ただただ顔を赤くする。


 しばし、そのまま悶えて……

 ややあって落ち着いたところで、アリスに恨みがましい視線を向ける。


「どうして、わたくしの想いに気がついたのですか?」

「えっと……すごくわかりやすいし」

「うぐっ」


 グサリ、とクラウディアの胸に見えない矢が突き刺さる。


 仕方ないじゃないか。

 だって、あそこまでされれば誰でも好きになる。

 それにこれは初恋。

 どうしていいかわからず、態度が表に出てしまうのも普通……と考えたい。


 胸中であれこれと言い訳めいたことを思うクラウディアだった。


「あとは……同じ想いを抱く者同士のシンパシー、っていうのかしら? そういうものを感じたの」

「え? それじゃあ、アリスさんも……」

「ええ、ハルが好きよ」


 少し頬を染めつつ、アリスははにかみながら言った。


「ついでに言うと、アンジュも。あ、でも本人はまだ自覚していないみたいだから、そこのところはよろしくね」

「……ライバルが多いですわね」

「ホント。頭が痛いわ」

「……もしかして、サナさんやシルファさん、ナインさんも?」

「ナインは違うと思うんだけど……サナとシルファは、ちょっとわからないかも。あの二人、わりと本能で生きているところがあるから、いまいち、なにを考えているのかわからないところがあるのよね」


 わりとひどいことを言うアリスだった。

 しかし、クラウディアも、なるほどと納得する。


 この二人は、似た者同士なのかもしれない。


「アリスさんは……わたくしを、疎ましく思いますか?」

「え、どうして?」

「だって、アリスさんからしたらライバルというわけですし……」

「ううん、そんなことは思わないわ」

「それは、どうして?」

「ハルの魅力をわかってくれる人が増えるっていうのは、うれしいことじゃない? ハルを好きになった女として、なんか、誇らしげな気分になるわ。あたしが好きになった人は、こんなにも素晴らしくて、たくさんの人の心を惹きつけるほど器が大きいんだぞ、って」

「なるほど……そういう考え方もあるのですね」

「それに、まあ……相手が一人じゃなきゃダメ、っていうわけでもないじゃない? 正妻、側室っていう差は出てくるかもしれないけど、でも、みんなが一緒に選ばれる道はあると思うの。そう考えれば、ライバルっていうよりは、頼もしい味方って考えたいわね。なにしろ、相手は自己評価がとことん低いハルだもの。一人じゃ難しいから、みんなであれこれと考えて、ぐいぐいと押していきたいわね」

「……ぷっ、ふふふっ、あははは」


 我慢できないというように、クラウディアが笑った。

 とても晴れやかな笑みだ。


「クラウディアは、あたしの考え方は嫌い?」

「いいえ。むしろ、大好きですわ。その話、ぜひ、わたくしも一枚噛ませていただければ」

「ええ、もちろん」


 二人は笑顔で握手をするのだった。

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◆◇◆ お知らせ ◆◇◆
再び新作を書いてみました。
【氷の妖精と呼ばれて恐れられている女騎士が、俺にだけタメ口を使う件について】
こちらも読んでもらえたら嬉しいです。
― 新着の感想 ―
[気になる点] かなり今更な話で申し訳ないのですが、この回のタイトルは何故「アリスのため息」なのでしょうか? 話の内容から考えれば「クラウディアのため息」の方が相応しいように思えるのですが。
2021/08/13 15:34 退会済み
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