182話 真実を
「はいはーい……どうぞぉ……」
学院長室の扉をノックすると、なんだか今にも死んでしまいそうな声が返ってきた。
大丈夫かな?
少し心配しつつ、扉を開ける。
「あぁ、なんだ。キミか」
「えっと……大丈夫?」
シノは目の下に隈を作り、げっそりとした表情だった。
ボロボロ、という言葉がよく似合う。
不正に関わっていたのは領主だけではなくて、その側近も同じ。
さらに側近の部下も色々な問題に関わっていて……
今回の事件で、その大半が逮捕された。
そのため、人手不足が深刻らしい。
補充の手配はしているものの、すぐに人が集まるわけではなくて……
結果、シノの負担が倍増しているという。
領主を兼任するようになって、寝る間もないらしい。
心配なのだけど……
あいにく、俺に事務仕事をこなす能力はない。
魔法に関する知識ならそれなりに自信はある。
でも、収支計算とか都市運営とか、そういうのはダメ。
苦手というか、今まで触れたことがないから、どうしていいかわからない。
「あー……なにか用かい?」
「ひどい顔だけど、ちゃんと寝てる?」
「ははは……昨日は三十分も寝ることができたよ……」
うわあ。
シノが、レティシアにこき使われていたような俺みたいになっているよ。
「ちゃんと食べてる?」
「食べ物? なんだい、それは?」
「重症みたいだね……ナインが差し入れを作ってくれたんだけど、食べる?」
「いただこうか!!!」
ナインのお弁当を差し出すと、シノはものすごい勢いで食べ始めた。
途中、三回も喉を詰まらせてしまうくらい、勢いよく食べた。
よっぽど、お腹が空いていたのだろう。
そんな中、シノの時間をもらうことは申しわけないと思うのだけど……
このまま様子を見ていても、いつ時間を空けてくれるかわからない。
それに、敵の行動を考えると、少しの時間が命取りになる場合もありそう。
なので、シノには申しわけないけど、やや強引に進めるしかない。
「ふぅー……久しぶりに人らしい食事をしたよ。ああ、僕は厳密に言うと使徒だから人じゃないか」
「落ち着いたみたいだね」
「そうだね、うん。やっぱり栄養補給は大事だね。ありがとう、感謝するよ」
「その代わりと言ってはなんだけど、話を聞かせてくれないかな?」
「……ふむ」
満腹でだらしない顔をしていたシノだけど、すぐにその表情を引き締めた。
賢いシノのことだ。
俺が求める話の内容を察したのだろう。
「以前にも言ったよね? 僕は使徒であり、主により、キミについての詳しい話をすることは禁止されている。使徒である以上、その命令に逆らうことはできない」
「そこをなんとかならないかな?」
「真実を知りたいのかい?」
「知りたい」
「真実が自分に都合が良いと限らないし、むしろ、絶望するかもしれない。知ることで逆に後悔するかもしれない。やめておけばよかったと嘆くかもしれない。それでも、キミは真実を求めるのかな?」
「求めるよ」
俺は、なにも知らない。
レティシアのことを知らなかった。
魔人のことを知らなかった。
知らないことだらけで……
そのせいで、大事なものが失われようとしている。
そんなことはイヤだ。
人智を超えた範囲だからと諦めないで、前に進まないと。
一歩ずつでも進んで、無様でも足掻いていかないといけないんだ。
そのためにも、まずは知るところから始めよう。
「……やれやれ」
まっすぐに見つめて視線を外さないでいると、シノは小さな吐息をこぼした。
「諦めるっていう選択肢はないみたいだね」
「ないよ」
「僕は話をすることを禁じられているんだけど?」
「抜け道を探すとか、あるいは許可をもらうとか……やり方はあるんじゃないかな?」
「まあ、ねえ」
「ここで引き下がるわけにはいかないんだ。立ち止まるわけにはいかないんだ。俺は、もっと色々なことを知らないといけない……この世界のことを知らないといけないんだ」
強く、強く言う。
「それは、どうして?」
「そうしたいと願うから」
言い切ると、シノがキョトンとした顔に。
ややあって爆笑する。
「あはっ、あははははは! 願うって、それ、わがままと変わりないじゃないか」
「でも、そういうものじゃないかな」
大なり小なり、人っていうものは自分の願いを叶えるため……わがままのために生きているようなものだ。
極論ではあるけどね。
「望みを叶えようとしないで、我慢することはどうかな、って思うよ。人って、上を向いて望みを胸に抱くことで、強くなり続けてきたんだ。それを忘れたり、進むことをやめたりしたら、後に待っているのは停滞だけだ」
「ふむ……まあ、わからないでもない話だけどね。さてはて」
考えて、考えて、考えて……
そして、再びのため息。
「やれやれ。後で主に怒られたら、キミがフォローしてくれよ?」
「それじゃあ……」
「僕も全部を知っているわけじゃないけど……それでも、持つ知識を全部、渡すと誓おうじゃないか」
「ありがとう!」
思わずシノの手を取り、強く握る。
「え? いや、あの……顔が近いよ?」
「あ……ご、ごめん」
「ふう。まったく……こんな僕をドキドキさせて、どうするんだい? こんな見た目でも、使徒だから、もうけっこうなおばあちゃんなんだけどね」
「そうなんだ? でも、普通にかわいいと思うけど」
「……」
「どうしたの?」
「な、なんでもないさ。気にしないでくれ。うん」
「そう?」
不思議なシノだ。
「でも……俺から頼んでおいてなんだけど、大丈夫? もしも話をすることで、シノにものすごい不利益があるっていうなら、無理にとは言わないけど」
「あー……まあ、怒られるかもしれないけど、それだけだろうね。そこまで厳しく禁止されているわけじゃないし、それに……」
「それに?」
「僕は使徒だから、主に逆らうことはできない。しかし、主の上に立つ者からの命令を受けた場合はどうか? 言い換えるならば、それは主以上に守らなければならない命令だ。故に、今回は話をしても問題はない、っていうことさ」
「それって……」
「まあ、最初に一番大事なポイントを説明すると……」
シノの表情がとても厳しいものに変化する。
そして、唇を開いてゆっくりと真実を紡ぐ。
「キミは、魔人の上位の存在なのさ」
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