181話 得たものは笑顔
魔法学院の学院長、狂気に駆られて領主さまの屋敷を襲撃か!?
そんな話が流れて、学術都市は大混乱。
しばらくの間、学院は閉鎖されて……
行政も大幅に滞った。
ただ、シノはうまい具合に混乱を収めてみせた。
まず最初に、領主達の不正の証拠を示して、自分達に正義があると周囲を説得。
その上で、このような強硬手段に出たことは申しわけないと謝罪。
自らの正当性を示しつつも、他に手段はあったかもしれないと反省してみせることで、大多数の人に与える印象を良くした。
魔法学院のトップに立つだけあって、その政治力も優れたもの。
時間はかかったものの、見事に混乱を治めることに成功した。
しかも、色々と経由はあったものの……
最終的に、シノが領主も兼任することになるという結果。
これ以上ないほどの大成功となった。
まあ……
シノは領主なんて兼任したくなかったらしく、泣いていた。
これ以上仕事が増えたら過労死してしまうよ、と泣いていた。
うん、がんばれ。
無責任かもしれないのだけど……
でも、俺達も、シノが適任だと思う。
シノ以外で領主にふさわしい人がいるのなら、その人を推薦してもよかったのだけど、あいにくと知らない。
なので、シノが一番だ。
俺達にできることがあるのなら協力は惜しまないつもりなので、がんばってほしい。
そして、クラウディアは……
――――――――――
色々な騒動が終わり、久しぶりに学院に登校する。
まだ早かったらしく、一人の生徒を除いて、他に誰もいない。
その背中に声をかける。
「おはよう」
「おはようございます、ハルさん」
クラウディアはゆっくりと振り返り、穏やかな笑みを見せた。
家の呪縛とか。
家族からの弾圧とか。
逃れられない宿命とか。
そんな枷から解き放たれたことで、とても晴れやかな顔をしていた。
本来の彼女は、こんなにも穏やかな雰囲気なんだ。
ついつい驚いてしまうのだけど……
でも、すぐに納得した。
クラウディアは、色々な重荷を背負っていたせいで余裕をなくしていただけ。
本来は、こんなにも穏やかで優しい女の子なのだろう。
「あ、あの……」
「うん? どうかしたの?」
なぜか、クラウディアが恥ずかしそうにしていた。
「わたくしのことを褒めていただけるのは、その、うれしいのですが……ただ、さすがにそのように言われてしまうと、照れてしまうのですが……」
え?
「もしかして、俺、口に出していた?」
「は、はい」
「……うあ」
思わず頭を抱えて、その場にしゃがみこんでしまう。
は、恥ずかしい……
これじゃあまるで、俺がクラウディアを口説いているみたいじゃないか。
「いや、待って。違う、違うんだよ」
「なにが……ですの?」
「その、今のは変な意味じゃなくて……」
「お世辞ですの?」
「そういうわけでもなくて、紛れもない本心なんだけど、でも、わざわざ口にするつもりじゃなくて、なんていうか、勝手に言葉がこぼれていたというか……」
あああああ、ものすごい混乱しているよ、俺!?
落ち着こう。
こんな時こそ、深呼吸だ。
気持ちを落ち着けて、思考を整理して、誤解を解かないと。
「……わたくしは、うれしいと思いましたが」
「ふぁ!?」
落ち着こうとした矢先、そんな予想外のことを言われてしまい、再び動揺してしまう。
「うれしい、って……そんな、どうして?」
「そこで不思議に思うのですか? ハルさんは、少々……いえ。かなり鈍いのですね」
それについては否定できないかも。
アリスを始め、色々な人に言われているような気がする。
「ハルさんは、自分がなにをしたのか、もう少し理解するべきですわ」
「えっと……大したことはしていないような?」
自分のわがままで、あちらこちらを振り回しただけだ。
それについて、反省するべきところはたくさんあるものの……
クラウディアが喜ぶようなところは、特にないような気がする。
そんなことを言うと、盛大にため息をこぼされてしまう。
「自己評価が低すぎるのが、ハルさんの欠点でしょうか……やれやれですわ」
「そんなことは、ない……かも、しれないような?」
「なぜ疑問形なのですか?」
「まあ……色々と言われることが多くて」
主にアリスとか。
あと、アンジュからも言われている。
「少し話が逸れましたが……わたくしは、ハルさんの言葉をうれしいと思いましたわ。わたくしのために、街一つ、巻き込んでしまうことをやってしまう方の言葉ですから。うれしいと思わないわけがありません」
「そう……なのかな?」
「そうですわ」
クラウディアがにっこりと笑う。
その笑顔は、とても綺麗で澄んでいて……
不思議と視線を外すことができなくて、じっと見つめてしまう。
クラウディアもこちらを見つめる。
「……」
「……」
言葉のない妙な時間。
でも、不思議と心地いい。
「……ひとまず」
ややあって、クラウディアが口を開く。
「今のハルさんの反応を見て、なかなかに険しい道であることがわかりましたわ」
「え? なんのこと?」
「さて、なんのことでしょうか? ふふっ、秘密ですわ」
とても楽しそうに、クラウディアは笑うのだった。
その笑顔は太陽のように輝いている。
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