180話 今だけは一緒に
傷つけられたことを自覚したところで、傷口から血が流れる。
致命傷じゃない。
深い傷というわけでもない。
それでも、動揺を誘うことに成功した。
「バカなっ……貴様、いったいなにをした!?」
「なんだろうね」
わざわざ手品の種を教えてやるつもりはない。
それに、
「よそ見をしていいわけ?」
「ぐぁ!?」
体勢を立て直したレティシアが、再び、黒い霧を放つ。
マルファスの左肩がえぐり取られた。
「この……ガキ共がぁっ!!!」
マルファスが激高した。
さきほどまでの余裕のある態度はどこへやら。
口から泡を飛ばすような勢いで叫び、殺気を込めて睨みつけてくる。
でも、それは悪手だ。
この場にいるのは、僕とレティシアだけじゃない。
「ダブルスラッシュ!」
「テンペストストーム!!」
「フリーズストライク!!!」
アリス、クラウディア、シノの攻撃が立て続けに炸裂した。
彼女達は手品を使っていないので、結界を破ることはできない。
でも、目くらましには十分だ。
視界を塞がれて、マルファスの攻撃が遅れる。
一方の俺達は、なにも問題はない。
マルファスの立ち位置に向けて、ありったけの力を、最大火力を叩き込めばいい。
「ハルッ!!!」
レティシアが俺の名前を呼ぶ。
ちらりと、視線もよこしてきた。
その瞳は……俺が知るレティシアのものだ。
優しくて、力強くて……
とても大事な幼馴染のものだ。
「いくわよっ、合わせなさい!」
「了解!」
色々とあった僕達だけど……
でも、今この時だけは!
「貴様っ、色々と教えてやった恩を忘れたか!?」
「うるさいわね。あんただって、私を利用する気だったでしょ? 裏切ったとしてもおあいこよ。っていうか、最初からあんたの味方になったつもりなんてないし」
「ただの器ごときがっ!!!」
「そうやって見下しているから……」
再び炎の剣で斬りつける。
マスファスの足を炎が飲み込み、そこそこのダメージを与える。
「手痛い反撃を受けることになるんだよ?」
「ナイスよ、ハル! あとは、私に任せなさい!!!」
自信たっぷりの顔。
小さい頃は、いつも見ることができた顔。
懐かしくて……
ついつい、涙がこぼれてしまいそうになる。
「消えなさいっ!」
黒い霧がマルファスに食らいついた。
足、胴体、首、頭部、背中……ありとあらゆるところを覆い尽くす。
すでに両手を失っているマルファスに抗う術はない。
「バカな!? この儂が、このようなところで……仲間の血が混じっているとはいえ、人間などに!?」
「うっさいわね、さっさと消えなさい」
「バカなぁあああああっ!!!?」
絶叫が響いて……
そして、途中でプツリと消える。
レティシアの放つ黒い霧が、マルファスの全てを飲み込んだ瞬間だった。
「……」
後に残るのは静寂。
誰も口を開くことはなく、また、動くこともない。
まるで時が止まってしまったかのようだ。
「……ぁ……」
なんとか言葉をひねり出そうとして、しかし、形にならない。
レティシアが目の前にいる。
俺に酷く当たっていた時のレティシアじゃなくて……
優しかった頃のレティシアだ。
ずっと願っていたこと。
それが現実となるのだけど……
いざその瞬間が訪れると、どうしていいかわからなくなってしまう。
一度は絶縁を告げた。
だからこそ、どんな言葉をかけていいか迷う。
「ハル」
こちらに背を向けたまま、レティシアは言う。
いったい、今、どんな顔をしているのか?
無性に気になるのだけど、でも、顔を見せてくれない。
絶対に振り返ろうとしない。
「……なに?」
レティシアの声は、思い出の中と同じく凛としていた。
「元気にしてる?」
「そう、だね……元気にしているよ」
「それは、そこにいる女のおかげ?」
「うん、アリスのおかげかな。アリスだけじゃないよ。アンジュもナインもサナもシルファも……それに、クラウディアとシノとも出会うことができて。今、元気に過ごすことができて……楽しいよ」
「そう」
話は終わりというかのように、レティシアは一歩を踏み出した。
「ま……」
「じゃ、また今度ね」
あっさりとした様子でそれだけを告げると、レティシアは跳躍した。
自分が開けた屋根の穴から外に飛び出して、そのまま消えてしまう。
「……」
俺はどうすることもできず、その後ろ姿を見送るだけ。
そんな俺に、アリスがそっと声をかける。
「ハル、よかったの? 色々な話をするチャンスだったんじゃない?」
「うん、そうだね」
「なら……」
「でも……今はいいや」
まだ心の準備ができていない。
だから、まずは……知ることから始めないと。
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