18話 歴代勇者の墓
アーランドの東に、クレストと呼ばれている山がある。
標高はそれほど高くなく、昔は登山客などがよく足を運んでいた。
しかし、今は誰も寄り付こうとしない。
魔物でさえもクレスト山を避けている。
その原因は……ドラゴンだ。
どこからともなくやってきた空の王者が、山を己の根城と定めたのだ。
人間、魔物を問わず近づくものは容赦なく排除。
自分だけの領域を形成した。
「……と、いうわけなんです」
巡礼地のクレスト山について、アンジュに説明をしてもらった。
どれだけ過酷な場所にあるのかと思いきや、旅路は大したことはない。
問題は、山を根城とするドラゴンだ。
コイツのせいで、クレスト山の巡礼の難易度が劇的に跳ね上がってしまったらしい。
「ドラゴンか……そんなヤツが相手なのか。さすがに、どうにもならないかもしれないな」
「そうね……非常識なハルでも、さすがにドラゴンの相手は厳しいと思うし……」
「非常識って、なんでそういうことになるんだ?」
「魔力も自己評価も、全部非常識じゃない」
むう……納得いかない。
とはいえ、今は口論をしている場合じゃない。
俺たちは、すでに山の麓まで来ているのだ。
「一応、対策はあります。私は睡眠魔法を使えるため、それでドラゴンを眠らせようと思います」
「睡眠魔法を使えるなんて、アンジュはすごいな」
一見すると、地味な魔法に思えるかもしれない。
しかし、問答無用で相手を眠らせて無防備にするという、かなり強力な魔法だ。
犯罪に利用されかねないので、習得する機会も限られている。
「あ、いえ……私なんて、ハルさんと比べれば大したことはありません。ハルさんの方が、とてもすごいと思います」
「そんなことないよ。俺、初級魔法しか使えないし、ただレベルが高いだけ。アンジュの方がすごいって」
「いえいえ、私なんて……」
「いやいや、俺なんて……」
「どうしよう……両方がボケていると、話がまるで先に進まないわ」
「それもまた、お嬢さまの魅力です」
なにやら失礼なことを言われているような気がした。
「ハルさまとアリスさまは、いざという時の護衛をお願いいたします。睡眠魔法が効かなかった時や、目を覚ましてしまった時……その他、想定外の事態への対処をお願いしたく……」
「オッケー、任せてちょうだい。いざという時は、ハルががんばるわ」
「俺に任されても困るんだけど……」
「ハルの魔法なら、ドラゴンを倒すまではいかなくても怯ませることはできると思うわ。その間にアンジュたちを避難させて、最後に、あたしたちも避難する、っていう作戦ね。いざっていう時は……まあ、あたしがなんとかするわ」
「えっと……わかった。とりあえず、やれるだけやってみようと思う」
ドラゴン相手になにができるかわからないが……
なんだかんだで、依頼を請けたのだ。
きっちりと果たせるように、がんばりたいと思う。
――――――――――
その後、俺たちは登山を開始した。
かつてはたくさんの登山客が訪れていたような山なので、急激な高低差はなくて、わりと歩きやすい。
疲れることもなく、スイスイと登っていくことができた。
「……ドラゴン、いませんね」
念の為にという感じで、アンジュが小声で言う。
「……もしかしたら、うまい具合に狩りに出ているのかもしれないな。ドラゴンといえど、食べないと生きていけないだろうし」
「……だとしたら、今のうちに急がないといけませんね」
「……もしもドラゴンと遭遇したら、その時は、俺がアンジュを全力で守るよ」
「……はぅ」
「……アンジュ?」
「……い、いえ。なんでもありません」
そう言うわりに、なぜかこちらの顔を見てくれない。
「……うぅ、なぜでしょう。ハルさんの今の言葉に、とてもドキドキしてしまいました……顔が熱いです」
「……アンジュ? 大丈夫か?」
「……あ、いえ。今は近づかないでもらえると……」
「……えっ。俺、臭いとかそういう感じ……?」
「……そ、そんなことはないんですけど! でも、なぜか胸が……あうあう」
俺とアンジュがあたふたとして、
「……あれ、止めなくていいの?」
「……お嬢さまがとてもかわいらしいので、アリです」
アリスとナインは、やたら温かい眼差しをこちらに向けていた。
そんなこんなありつつも、俺たちは歴代勇者の墓の入り口にたどり着いた。
山の一部がくり抜かれる形で、小さな洞窟が作られていた。
その中を進んでいくと、大きな石扉が。
かなり頑丈に作られている様子で、巨人でもない限り動かせそうにない。
「こんな扉、どうやって開けばいいんだ……?」
「ふふっ、安心してください。聖女である私が扉に触れれば……」
アンジュが扉に触れると、刻み込まれた模様が光を放つ。
ゴゴゴッと重い音を立てて、扉が開いた。
「このように、自動的に封印が解除される仕組みになっているんです」
「なるほど、便利だな」
「これ、あたしたちも入って平気なの?」
「はい。一度解除した封印は、1時間はそのままなので。ただ、それ以上の時間が経つと勝手に封印が再起動して、閉じ込められてしまうので注意してください」
「こんなところに閉じ込められたら、発狂する自信があるわ……」
「それ以前に、餓死だろうな……」
聖女の巡礼、怖い。
そんな感想を抱きつつ、扉の向こうへ。
中は意外と広い。
縦横に広い空間の中央に、棺が置かれていた。
あれが歴代勇者の墓なのだろう。
「……」
アンジュは棺の前に移動すると、無言で膝をついた。
両手を合わせて、目を閉じる。
そのまま祈りを捧げる。
彼女の祈りに呼応するように、部屋全体が淡い光を放つ。
光の粒が無数に宙を漂う。
それらのいくつからアンジュの体に吸い込まれていく。
それはとても幻想的な光景で……
俺は時間が経つのも忘れて、祈りを捧げる姿に見入っていた。
「……ふぅ」
ほどなくして小さな吐息をこぼして、アンジュが立ち上がる。
時間にして、10分くらいだろうか?
それだけなのに、とても疲れた様子で、額に汗を浮かべている。
「みなさん、おまたせしました。祈りは無事に……あっ」
「危ない!」
アンジュがふらつく。
俺は慌てて前に出て、倒れそうになるアンジュを支えた。
「大丈夫?」
「は……はひっ」
「え? なんか、声がおかしいけど……」
「わ、わからないんです……自分でも。なんていうか、ハルさんの顔がすごく近くにあって、あうあう……」
「えっと……無事なようなら、なによりだ」
大丈夫だろうと判断して、アンジュをそっと離す。
いつまでも密着しているわけにはいかないからな。
「……」
「どうしたんだ、アリス?」
なぜか、アリスがおもしろくなさそうな顔をしていた。
「別にー」
「別に、っていう顔じゃないんだけど……」
「なんでもないわよ。まったく……ハルってば、あたしにはそんなに優しくしてくれたことないのに。たまには、そんなことをしてくれても……」
なにやらブツブツとつぶやいているが、そのせいかいまいち意味がわからない。
まあ……いいか。
今は巡礼が無事に終わったことを喜ぶことにしよう。
「おまたせしました。それじゃあ、行きましょうか」
アンジュの言葉で、みんな部屋の外に。
彼女が再び扉に触れると、大きな音を立てて閉まる。
自動式だけではなくて、聖女がもう一度触れることで、閉じる機能もあるらしい。
「ところで、聞いてもいい?」
「はい、なんですか!? ハルさんに聞きたいことがあるなら、なんでも答えます、私!」
なぜか、質問される側のアンジュがものすごい勢いでくいついてきた。
「巡礼をすると真の聖女になれるって言ってたけど、それってどういうこと?」
「えっと……巡礼には色々な意味がありますが、その中でわかりやすいのは、新しい魔法を習得できる、ということでしょうか」
「へぇ、魔法を」
「聖女だけが使える魔法は、ちょっと特殊な習得方法でして……こうして、歴代勇者様のお墓参りをすることで、力を授けていただくんですよ」
「なるほど」
聖女専用の魔法か……いったい、どんなものなんだろう?
一人の魔法使いとして興味がある。
「なにはともあれ、これで依頼達成という……」
「……お前たちは何者だ?」
外に出たところで、上から太い声が降ってきた。
振り返ると……巨大なドラゴンの姿が。




