特別話 宣伝その1
「ハル、大変よ!」
「ハルさん、大変です!」
穏やかな昼下がり。
宿の一室でのんびり読書をしていると、アリスとアンジュがやってきた。
「どうしたの? そんなに慌てて」
「逆に聞くけど、どうしてハルはそんなに落ち着いているの?」
「そうです! もっと慌ててください」
「えぇ……」
なにか今、ものすごく理不尽なことを言われたような気がした。
アリスとアンジュがなにに対して慌てているのか、それはわからない。
わからないのに、俺も慌てろという。
うん、理不尽だよね?
まさか、二人もレティシアのように……
そんなことになったら、俺の胃は心労で穴が空いてしまいそう。
「二人共、落ち着いて。どうしたの?」
「いい、驚かないで聞いてね?」
「なんと……私達の活躍が書籍と漫画になったんです!」
「……」
「驚いた? 驚いたわよね?」
「私達も、すごく驚きました」
「いや、うん……驚いたけど」
あまりに突然のことに、ちょっと理解が追いついていない。
俺達の活躍が収められた書籍と漫画?
それはいったい、どういうことだろう?
「はい、これ」
「こちらが、書籍版ですね」
二人から一冊の本を渡された。
綺麗なキャラクターが表紙に描かれた、やや大きめのサイズの本だ。
試しにパラパラとめくってみると……なるほど確かに。
俺達のことについての物語が記されていた。
「へえー、文字だけじゃなくてイラストもあるんだ」
「そうよ。ちなみに、担当イラストレーターさんは、藻さんね」
「とっても綺麗で、優しい感じのするイラストですね!」
「なんかこう、じっと見ていられるね」
「落ち着いた雰囲気もあって、いいわよね。そんな人が、あたし達の絵を描いてくれたんだから、たくさん感謝しないと」
「そうだね」
でも、イラストが追加されただけなのだろうか?
それだけなら、本としての価値は薄い気がするのだけど……
「それは違うわよ、ハル」
俺の考えていることを読んだ様子で、アリスが言う。
「イラストがついているだけじゃなくて、物語の内容も大きく変わっているの」
「そうなの?」
「はい、そうですよ」
今度は、アンジュが説明をしてくれる。
「書籍用として、物語がきちんと整理整頓されています。WEB版以上にわかりやすく、それでいて、深い内容になっているのではないかと」
「本筋は?」
「そこは変わりません。本筋はそのままに、より洗練した、という感じでしょうか?」
「同じ内容なんだけど、でも、きっちりと磨き上げているから、もう一度読んでもまったく違う印象を受けると思うわ」
「アリスさんや私の台詞が少し変わっていたりして、そういう違いを見つけるのも、一つの楽しみかもしれませんね」
「なるほど」
「おまけに、最後に、書籍だけの書き下ろしがあるわ」
「私とアリスさんの、ちょっとした日常が描かれていて……あ、これ以上は内緒です」
「詳しくは書籍で、っていうことね」
うまくまとめられた宣伝だった。
俺自身の物語なのだけど、欲しいかな、なんて思えてきてしまう。
「それで、漫画っていうのは?」
「それは、WEB上で、2月下旬から連載が開始されたの」
「それじゃあ、けっこう気軽に読めるものなんだね」
「作画は、杉乃紘先生です!」
「優しくて雰囲気のある絵柄が特徴的ね」
「確かに」
サンプルを見てみると、アリスが言うような特徴を備えた絵柄だ。
キャラクターの感情がダイレクトに伝わってくるというか、本当に生きているみたいというか……
不思議と惹きつけられるものがあって、目が離せない。
「漫画っていう媒体なのも面白いね」
「でしょ? 書籍とは違って、絵で表現されているからね」
「躍動感があって面白いですし……」
「書籍ではちらりとしか出てこなかった人も、きちんと顔がある。そういうところは、漫画ならでは、っていう感じね」
魅力的な絵。
独特の雰囲気。
流れるようなスムーズな展開。
それらが読む意欲を上げてくれて、サクサクとページを進めることができた。
「あれ?」
読んでいる途中で、ふと疑問が。
「こんなことあったっけ?」
これは、俺達の物語をまとめられた漫画のはずだけど……
しかし、見に覚えのないことが描かれていた。
「それは、漫画のオリジナルエピソードよ」
「オリジナルエピソード?」
「ただ単に、そのまま漫画にするだけじゃあつまらない、なにかスパイスがあってもいい」
「そのような感じで、付け足されたものみたいですね」
「へえー」
人によっては、蛇足と思う人もいるかもしれない。
でも、俺はアリだと思う。
うまい具合に本編を補完してくれていて……
それでいて、物語の幅を大きく広げてくれている。
読み応えが増していて、楽しさも倍増。
これはアリだ。
「書籍と漫画……こんなものがいつの間にか出ていたなんて」
「これはもう買うしかないわね!」
「俺に勧められても……」
俺の物語なのに俺が買う、って。
「アリスさん、無理強いはダメですよ」
「えー、でも」
「でも、もありません。今回は、あくまでも宣伝のみ。その先に進んでもらえるかどうかは、押し付けるようなことではなくて、それぞれに任せることです」
「まあ……」
「ただ、できれば手にとっていただけるとうれしいです」
「結局、アンジュも似たようなことを言っているじゃない」
「つい」
アリスとアンジュは、色々な意味で慣れたものだった。
もしかして、このために打ち合わせをしたり練習をしたのかも。
「それじゃあ、ハル」
「最後に一言、どうぞ」
「え? 俺?」
「そうよ。ほら、なにかアピールしておきましょう」
「手にとってもらえるような、魅力的な一言を」
「プレッシャーが……」
えっと……
「じゃあ……多くは語らず、あえてシンプルに。追放の賢者、書籍版と漫画、共によろしくお願いします」
「本当にシンプルね」
「でも、それはそれでハルさんらしいです」
「ふふっ、そうね」
「では……」
「「「よろしくお願いします!!!」」」




