170話 切り札
ファナシス家の私兵が吹き飛んだ。
ついでに、一部の壁が吹き飛んだ。
「……」
シノが唖然とする。
すごく驚いているみたいだけど、どうしたんだろう?
「……今の、上級火魔法のエクスプロージョンだよね?」
「え、そうだけど……」
「エクスプロージョンは、最低でも、この屋敷を吹き飛ばすだけの威力があるはずなのだけど……」
「そこまでしたら、俺達も巻き込まれちゃうから、威力は調節したよ」
「簡単に言うけど、上級魔法に手を加えるなんてこと、そうそうできることじゃないんだけどね……学術都市のトップに立つ僕でさえも、ぶっつけ本番でそんなことはできないのだけど……いやまあ、キミに関しては今更の話か。まったく、毎回驚かせてくれる」
どうして、威力を調節しただけで驚かれるのだろうと思うのだけど……
上級魔法に手を加えることは、目隠しをして針の穴に糸を通すくらい、難しいことらしい。
ただ、そんなことを言われても、あまり実感が湧かない。
俺からしたら、それができて当たり前というか……
最適解が常に頭の中に思い浮かんで、問題なく、いつでもどこでも実行することができる。
とはいえ……
これは、よくよく考えたら異常なのかもしれない。
学んだことのない知識、技術を持っているなんて、素質や才能で片付けていい問題じゃないよな?
俺……なんで、こんな力を持っているんだろう?
「むー、師匠、ずるいっす。自分も暴れたかったっす」
サナがシュッシュッと宙に拳を繰り出すところを見て、我に返る。
今は、俺のことはどうでもいいか。
それよりも、アインと決着をつけないと。
シノを表に引っ張り出したことで、最低限の大義名分はできたものの……
あちらこちらに綻びがあるため、学術都市の正規兵がやってきたら、まずいことになる。
俺達は勝手に領主の屋敷を捜索しようとした犯罪者として、囚われてしまうだろう。
そうなる前に不正の証拠を見つけて、決着をつける。
改めて考えると、かなり強引な作戦なのだけど……
でも、これくらいしないと、アインを打ち倒すことはできない。
領主という強大な権力を持つ相手と戦うには、緻密な策を練るか……あるいは、土台をまるごとひっくり返すような、メチャクチャな力技が必要だ。
「さて……私兵は全部ダメになったみたいだけど、まだ続ける? できれば、おとなしくして、俺達の捜査を受けてほしいんだけど」
「……ふざけるなよ」
魔法の余波で尻もちをついていたアインが、ゆらりと立ち上がる。
悪魔のような形相を浮かべて、血走った目でこちらを睨みつけてくる。
「ふざけるなふざけるなふざけるなぁあああああっ!!! ただの平民がっ、魔法しか取り柄のない凡愚がっ、この僕に逆らおうなんて百万年早いんだよぉっ!!! てめえら、全員、ぶっ潰すっ!!!」
余裕がなくなってきたのか、ずいぶんと乱暴な口調になってきたな。
こちらにとっては望むところだ。
頭に血が登れば登るほど、冷静な判断ができなくなり、ミスを誘発することができる。
「この僕を本気で怒らせやがって……! 男は皆殺しだ! 女は全員、俺の玩具にしてやるよっ!!!」
「この状況を見て、まだそんなことができると?」
「ああ、そうさ。できるさ。何一つ、問題はないさ」
なにか切り札があるのだろう。
そのことで、アインはいくらかの落ち着きを取り戻したらしい。
余裕めいた笑みを浮かべつつ、指を鳴らす。
それを合図として、屋敷の奥から地響きがした。
やがて、それはこちらに近づいてくる。
ガァッ! と、轟音と共に扉が突き破られた。
そうして姿を見せたのは……
「キマイラ?」
歪な体を持つ魔物、キマイラ。
いや、違う。
少し前に、とある村でキマイラと交戦したことがあるけれど……
アイツと比べたら、一回り以上、体が大きい。
さらに、頭部は五つもあり、尻尾は三本。
それだけじゃなくて、悪魔のような翼も生えていた。
「コイツは、ちょっとした実験の過程で生まれた化け物さ。キマイラをベースとした……そうだな、いうなれば人工的な魔物ってところかな?」
「人工的な……魔物?」
「そんなものが存在するなんて……」
アリスとアンジュが険しい顔になる。
魔物に限らず……
人工的に命を作り出す、あるいは改変しようなんて、まさに神を恐れぬ所業だ。
この男、そこまでの外道に堕ちていたか。
でも、これはこれで望む展開だ。
なにせ、ファナシス家の不正の証拠が目の前にあるのだから。
この変異種を討伐することで、証拠を押さえたと判断してもいいだろう。
「先手必勝っす!」
サナが飛び出した。
自慢の腕力を活かして、豪腕を変異種に叩きつけようと……
「グルァッ!!!」
「あっちゃーーーーー!!!?」
拳が届くよりも先に、変異種がファイアブレスを放つ。
サナは、それとまともに浴びて、涙目で床の上を転がりまわる。
シルファが絨毯を引きちぎり、それを使ってバシバシと叩いて消火。
それから、アンジュが治癒魔法をかける。
「あなた、本当にドラゴンですの……? わたくしの知るドラゴンは、もっと力強く、とても聡明なイメージがあるのですが」
「ふふんっ、自分こそ、その強く聡明なドラゴンっすよ!」
いきなりカウンターを食らったとは思えないほど偉そうな態度で、サナが胸を張る。
そんな彼女を見て、クラウディアがやや白い目に。
サナがどんな性格をしているのか、ようやく理解したのだろう。
「シルファ、いきまーす」
のんびりした声とは正反対に、ものすごい速度でシルファが駆けた。
円を描いて回り込むように、横から変異種に迫る。
一つの頭部がシルファを見て、その口からポイズンブレスを吐き出した。
しかし、それは予想済みというかのように、シルファは高く高く跳躍。
ブレスを避けると同時に、直上からの一撃を繰り出す。
隕石が落下するような勢いで、頭部の一つを踏みつける。
ゴキィ! と骨を砕く音がここまで響いてきた。
ここまで、交戦開始から十秒。
それだけの短時間で、頭部を一つ潰してしまうなんて……
さすがというか、シルファの力はとんでもない。
魔法は使えないものの、その戦闘力は圧倒的だ。
「よし。みんな、俺達もがんばろう! アイツを倒せば終わりだ」
「そうね。シルファに負けていられないし……って、ちょ、ちょっと待って」
「な、なんですか、あれは……」
アリスとアンジュの顔色が変わる。
俺も驚く。
陥没したはずの変異種の頭部が、時間を逆再生するかのように元に戻っていく。
確かな一撃を与えたはずなのに、それをなかったことにしてしまう、超強力な再生能力。
なるほど……切り札と呼ぶだけあって、この変異種は、相当な化け物だ。
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