17話 巡礼の旅
その夜も、俺とアリスはオータム家のお世話になっていた。
金に問題はないし、街の宿を探そうと思っていたのだけど……
アンジュとナインにぜひと言われ、好意に甘えることにした。
正直、アンジュとナインとさようならをするのは寂しいと思っていたため、一緒にいられることはうれしく思う。
まあ、いつまでも甘えてはいられないから、さすがに明日は出ていかないといけないが。
そんな日の夜。
「お願いがあります」
やけに真面目な顔をしたアンジュに、そんなことを言われた。
俺とアリスは、なんだろう? という顔をしつつ、話を聞く。
「どうぞ、お嬢さま」
「ありがとう、ナイン」
ナインさんがお茶を淹れてくれて、それをみんなで飲む。
部屋にいるのは、俺たち四人だけ。
そういえば、まだオータム家の主でありアンジュの父親であり、領主さまに挨拶をしていない。
お世話になっているし、一度、顔を合わせておきたいのだけど……
今は立て込んでいて忙しい、ということを以前に聞いた。
いつまで忙しいのだろう?
「お願い、っていうのは?」
「お二人には話しましたが、私の職業は聖女です」
聖女というのは、限られた人しかなることができない、選ばれた職業のことだ。
ある日、神託を受けるらしい。
そうして選ばれた者は厳しい修行を積み、真の聖女となることができる。
回復魔法のエキスパート。
力を極めた聖女は、死者すら復活させられると言われている。
「ただ、今の私は見習い。修行の途中なんです」
「厳しい修行をしないといけない、っていうことは聞いたことはあるんだけど、具体的にはどんなことを? あっ、これ俺が聞いてもいいこと?」
「はい、大丈夫ですよ。聖女の修行というのは、各地にある歴代勇者様のお墓を巡礼するというものです」
勇者と聞いて、反射的に顔をしかめてしまう。
そんな俺の様子には気づかずに、アンジュは話を進める。
「簡単なものに聞こえるかもしれませんが……実のところ、巡礼は7割が脱落してしまうという、とても厳しいものなんです」
「身も蓋もない言い方だけど、ただの墓参りだよな? なんで、そんなに厳しいんだ?」
「世界を救ったと言われている歴代の勇者様は、多くの人からの敬意を集めることとなり……さながら、神様のように扱われることになりました。そんな勇者様のお墓を街中なんかに作るわけにはいかない。神様が降臨される山や、精霊などが現れる自然あふれる場所に埋葬されるべきだと主張されて……そして、実行されました」
「なるほど、話が見えてきたわ。要するに、過去の人たちは、とんでもない秘境に勇者のお墓を作っちゃったわけね。それで、巡礼もとんでもなく難易度が増した……そういうことね?」
「はい、正解です」
勇者を神格化してしまうことは、仕方ないことではあると思うが……
それでも、なかなかに迷惑な話だった。
神格化されたということは、墓参りをしたいという人も多く出てくるはず。
その人たちのことをまるで考えていない。
「もしかして、お願いっていうのは……」
「はい。護衛として、私の巡礼の旅に同行してもらえないでしょうか?」
「私からもお願いいたします。どうか、お嬢さまを守っていただけないでしょうか?」
アンジュとナインが、揃って頭を下げた。
「聖女の巡礼の旅……か」
アーランドの領主の娘であるアンジュにとっては、とても大事なものだと思う。
真の聖女になれませんでした、なんて話は対外的にまずいし……
話は都市だけの問題に収まらない。
聖女は神託を受けて行動する、言わば神様の使い……巫女だ。
時に、聖女の行動で世界とまではいわないが、一つの街が救われることはある。
ざっくばらんな言い方をすると、規模を若干スケールダウンした勇者だ。
「俺でよければ……と言いたいところなんだけど」
「なにか問題が……?」
「俺なんかでいいのかな? 聖女の護衛が務まるような力はないと思うんだけど……」
「「いやいやいやっ!!」」
アリスとナインが同調するような感じで、手と首をブンブンと横に振る。
「ハルで務まらないとしたら、他の誰に務まるのよ!? っていうか、攻撃力が高すぎて、アンジュを巻き込まないか心配なんだけど!」
「ハルさまは自己評価が低すぎやしませんか!? ハルさまに力がないとしたら、私なんてどのようなレベルになってしまうのですか!?」
なぜか、二人が慌てていた。
うーん。
雑魚である俺のことを励ましてくれているのだろうか?
アリスもナインも優しい。
「でもまあ……やれるだけやってみようかな。アリスは?」
「ええ、文句ないわ」
「それじゃあ……!」
「俺たちでよければ、その依頼、請けるよ」
こうして、俺とアリスはアンジュの依頼を請けることにした。
聖女の巡礼の護衛。
かなり難しい依頼だと思うけど……
そういう依頼を受けてこそ、冒険者としての力をつけることができるし、経験も得ることができる。
がんばろう。
「ところで、巡礼の旅ってどれくらいかかるんだ? ちょっと事情があって、あまり長いこと時間をとられると困るんだけど」
時間をかけてしまうと、レティシアに追いつかれてしまう可能性がある。
「それなら大丈夫です。次の巡礼地は、このアーランドの東にあり、馬車で1日ほどの距離ですから」
「東に馬車で1日……」
来た道を戻ることになるが、1日くらいなら問題ないだろう。
この時は、そんな楽観的なことを考えていた。
――――――――――
レティシアは、それまで滞在していた街を出て、馬車に揺られていた。
その目的は、もちろん、ハルを探すこと。
「ハルめ……! 決闘をすっぽかすだけじゃなくて、私を騙して逃げるなんて……絶対に許せないわ! 夜まで待たされた恨み、風邪を引いた恨み、そのせいで大好きなアップルパイがしばらく食べられなかった恨み……まとめて晴らしてやるっ」
ぐるるると野犬のように唸るレティシア。
馬車の御者が何事かと見ていたが、今の彼女には他人の視線を気にするだけの心の余裕はなかった。
「あーもうっ……!」
レティシアは苛立たしげに爪先でトントンと馬車の床を叩き……
それと、爪を噛んだ。
彼女の癖だ。
物事がうまくいかない時や不安を抱えている時、ついつい爪を噛んでしまう。
自分でもどうかと思っているのだけど、幼少期からの癖で、どうしても直すことができない。
「あのー……お客さん」
「なによ?」
「あと1日ほどでアーランドに到着しますよ」
「そう? ありがと」
到着が近いと知り、レティシアの機嫌はわずかに上昇した。
レティシアが次の目的地にアーランドを選んだのは、単なる偶然ではない。
いつでもどこでもハルの居場所を把握するために、以前、装備に魔道具を仕込んでおいたのだ。
それを使えば、大体の位置は特定できる。
「くっくっく……待っていなさいよ、ハル! 私から逃げようなんてバカしたこと、骨の髄まで……魂全てに刻み込み、教えてやるわ! あはははっ……あーっはっはっは! ごほっ、げほぉっ」
高笑いをして咳き込むレティシアを見て、御者は妙な客を拾ってしまったなあ……と、今更ながらに後悔するのだった。




