165話 情けない
天使の鈴を使い、クラウディアを助ける。
その計画と準備は着々と進む。
一つ懸念があるとすれば、準備を終えるよりも先に、アインが動き出すということだ。
一応、アインが先に動いたとしても、どうにか対処できる自信はある。
ただ、後手後手に回ってしまうため……
スムーズに策を進めるため、できれば先手を取りたいところだ。
そんな願いは天に通じたのか、アインがなにか仕掛けてくることはなくて……
一週間後、こちらの準備は整った。
「……」
クラウディアの部屋。
彼女は窓の外を見て、魔法学院を……学術都市の景色を眺めている。
その横顔は憂いを帯びていた。
「どうしたの?」
「それは……」
「やっぱり、迷う?」
「……わたくしの心を読めるのですか?」
「そんなことはできないけどさ。でも、今のクラウディアの顔を見ていたら、なんとなく、わかるよ」
「そうですか……」
クラウディアは、大きなため息をこぼす。
「……考えてしまうのです」
「なにを?」
「これでいいのか、これで正しいのか……と」
「自信が持てない?」
「そう、ですね……我が家が悪質な統治を行っているのならば、迷うことはなかったでしょう。ですが、色々と強引なところはあるものの、悪質とは言えないと思うのです」
彼女の言いたいことはわかる。
ファナシス家は、領主としての資質はそれなりにあるだろう。
学術都市の自治を守り、技術の漏洩を防いでいる。
技術を積み重ねて、知識を蓄えて、魔法の発展に大きく貢献している。
迷宮都市と比べると雲泥の差だ。
ファナシス家が領主の座から降りたら、新しい人物が代わりに領主となる。
その人物がより優れた人であるか、それはわからない。
下手をしたら、ファナシス家よりもとんでもないかもしれない。
シノが手を回してくれているから、その可能性は低いのだけど……
でも、絶対にないとは断言できない。
その場合は、なにかしらのサポートやフォローなどをして、責任をとるつもりではあるのだけど……
それなりの混乱が起きるだろう。
だとしても。
「俺は、このまま突き進むよ。ファナシス家を、領主の座から下ろす」
「あなたは……どうして、迷わないのですか?」
「迷わないなんてこと、ないよ。これでいいのかな、って考えることはある。でも……クラウディアの件に関しては、絶対に間違っている、って言えるから」
「……」
「アインが、クラウディアにあんなひどいことをして……家族も、クラウディアのことを虐げていて……そんなこと、許せない。許されていいはずがない」
「それは……」
「だから俺は、やるよ」
「わたくしのために……ですか?」
「うん」
「なぜ、そこまで……? わたくしに恩があるわけでもないし、出会ったばかり。それなのに、どうして……」
「友達が困っていたら、助けるなんて当たり前のことじゃないか」
「……友達……」
「だから、全力でやるよ」
「……」
クラウディアはうつむいて……
それから、ややあって、くすくすと小さく笑う。
「ふふっ、本当におかしな方。今まで出会ったことのない、とても不思議な人で……でも、温かいですわ」
「うん?」
「いえ、なんでもありません」
そう言うクラウディアの顔からは、迷いの色が消えていた。
まっすぐに前を見ていて……
強い意思を感じることができて……
とても良い顔だ。
「うん」
「どうしたのですか?」
「やっぱりクラウディアは、そうやってまっすぐな顔をしている方がいいと思うな。すごく綺麗だと思うよ」
「なっ!?」
ぼんっ、とクラウディアの顔が赤くなる。
どうして、照れているんだろう?
クラウディアくらいの貴族なら、何度も社交パーティーを経験していると思うし……
そこで色々な言葉をかけられていて、こういうのは慣れていると思うのだけど。
「くぅ……な、なぜ、わたくしがここまで動揺をして……なんなのですか、これは?」
どうやら、クラウディアもよくわからず照れていたらしい。
なにやらとても困った様子なので、深くは追求しないことにした。
「こほんっ。とにかくも……わたくしも覚悟を決めましたわ。というか、今の段階になって、なお迷っていたことが情けないですわ……」
「仕方ないと思うよ。なかなか割り切れないことだと思うし、色々と考えちゃうと思うし……でも、そういうところはクラウディアの美徳だと思うから、尊敬するよ」
「はぅ!?」
再び赤くなる。
「ほ、褒められただけで、どうして、わたくしはこのような反応を……い、いえ。今は気にしないことにしましょう」
こほんと、仕切り直すようにクラウディアは咳払いをした。
「ファナシス家のこと、お兄さまのこと……どうか、お願いいたします」
「うん、了解」
「わたくしも、しっかりと自分の役目を果たすことにいたしますわ」
今日、この後……
アインがクラウディアを訪ねてくる予定だ。
まずは、そこで天使の鈴を使用して、アインを操る。
そこを突破口にして、ファナシス家の全てを掌握。
不正や悪事の証拠を集めて……
後に、シノの手によって弾劾。
大雑把なラインを説明すると、こんな感じになる。
不測の事態が起きた時の対処もある。
いくつかのパターンも想定していて、フォローも完璧……だと思う。
大丈夫、きっと成功するはずだ。
「クラウディア、がんばって」
「はい、もちろんですわ」
最後にクラウディアを鼓舞して、俺は彼女の部屋を後にした。
そして、作戦成功の報告を待つのだけど……
予定の時間を過ぎても、クラウディアが姿を見せることはなかった。
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