163話 天使の鈴
扉が開いて……
金銀財宝が姿を見せた。
それだけじゃない。
禁忌指定されている魔導書。
厳重に保管されている魔道具。
魔法に関わる者からしたら、眉唾もののアイテムも山盛り。
「ここが宝物庫で間違いないみたいだね」
「でも……広いわね。ちょっとした屋敷くらいあるんじゃない?」
「言っておきますが、宝物庫は一つではありませんわ。他にも、大小様々な宝物庫があって……学院長も全てを把握しておらず、その総数は、百を超えると言われています」
「す、すさまじいですね……」
「ですが、ご安心を。ここに天使の鈴があることは、わたくしの探知魔法ではっきりと確認しておりますので」
「とはいえ……」
ぐるりと宝物庫を見回した。
やはり広い。
この宝物庫に天使の鈴があるとしても……
探すのは、なかなかに骨が折れそうだ。
とはいえ、怯んだりげんなりしたり、そんなことはしていられない。
サナ達が待っているし……
なによりも、ここで天使の鈴を見つけないと、クラウディアの力になることができない。
「よし、がんばろう」
「そうね」
「はい!」
みんなで気合を入れて、天使の鈴の探索を開始した。
宝物庫の中を隅々まで歩いて見て回り、細かいところに目を向けて、奥まで探索をして……
四苦八苦すること一時間。
「み、見つけたぁ……」
ようやく天使の鈴らしきものを見つけることができた。
親指の先くらいの小さな鈴に、羽を模したオブジェが飾られている。
故に、天使の鈴。
実にわかりやすい。
「これが天使の鈴かぁ……本当に、人を操る力なんてあるのかな?」
「見た目は、なんてことのない鈴ですね。ちょっとおしゃれな感じはしますが、そんな力を秘めているようには見えません」
「ですが、力に問題はないはずですわ。学院長も、問題はないと言っていましたから」
そんなクラウディアの言葉からは、シノに対する信頼がうかがえた。
「ちょっと話は横道に逸れるんだけど……クラウディアは、シノのことを尊敬しているの?」
「ええ、もちろんですわ」
「例えば、どんなところが?」
「そうですわね……やはり、女性でありながら魔法学院の学長を務めていることでしょうか? 入学したばかりのお三方にはよくわからないかもしれませんが、魔法学院の学長を務めることは、並大抵の努力では叶いません」
「そう言われると……」
「途端に、シノがすごい人に思えてくるわね」
俺の中のシノのイメージは、ちょっと適当なところがある、マイペース屋さん、という感じだ。
でも、その裏ですごい努力をしているのかもしれない。
でなければ、クラウディアの言う通り、学院長なんて務まらないだろう。
「ところで、どうして突然、学院長のことを?」
「ちょっと色々とあって、前々から聞いてみたいと思っていたんだ」
シノは人じゃない。
魔人に仕える使徒だ。
そんな彼女を、クラウディアは尊敬しているらしい。
もちろん、使徒であることは知らないだろう。
でも……
「……もしかしたら、仲良くできるのかな?」
シノに限らず、他の使徒とわかり合うことができるのか?
魔人と理解し合うことができるのか?
ふと、そんな期待を抱いた。
「どうしたのですか?」
「ううん、なんでもない。それじゃあ、天使の鈴も手に入れたことだし、戻ろうか。あまり遅くなると、ナインを心配させちゃうだろうし、サナが、ヒマだからってそこら辺で暴れそう」
「……恐ろしい方を仲間にしていますのね」
――――――――――
予想していた通りというか、サナが退屈しのぎに暴れようとしていて……
慌てて止めるという一幕がありつつも、図書館ダンジョンの探索は終了。
俺達は、無事に天使の鈴を入手して、帰還することができた。
「おー、よかったよかった。みんな、無事だったみたいだね」
シノの元を訪ねると、笑顔で迎えられた。
それなりに心配をしてくれていたみたいだ。
普段の飄々とした態度からは想像できないのだけど……
使徒だとしても、その心に抱く感情は変わらない、ということなのかな?
「図書館ダンジョンって、たまーにドラゴンとかキメラとか、そういう物騒な魔物も出現するから心配していたんだけど、大丈夫だったみたいだね」
「まったく問題がない、っていうわけじゃないけどね」
「と、いうと?」
魔法の効かないゴーレムについての話をした。
「ふむ……? そんなものいたかな? この前、見回りをした時は、そんなものは……あっ。そういえば、宝物庫の番人として、数十年前に作った記憶があるな……いやー、まさか、アイツを倒してしまうなんて。すごいね、はっはっは」
「笑い事じゃないんだけど……」
アイツのせいで、どれだけ苦労させられたか。
「なにはともあれ、おつかれさま。これで、現領主を引きずり下ろせるだろうね。当初の計画では、クラウディアくんが新しい領主になることも検討していたが……その辺りは、どうする?」
「それは……」
クラウディアは胸元に手を当てて、考える。
長い沈黙。
ただ、誰も答えを急かすようなことはしない。
じっと、彼女の考えがまとまることを待つ。
「……わたくしは」
ややあって、クラウディアは前を向いた。
その瞳にはしっかりとした力が宿っている。
「残念なことですが、ファナシス家が学術都市の領主にふさわしいとは思えません。お兄さまのこともそうですが、お父さまもお母さまも……わたくしの知る範囲ですが、とても口に言えないようなことをしています。わたくしが知らないだけで、もっとひどいことをしていると思います。そのようなファナシス家に、領主の資格はないでしょう」
「なら、どうするんだい?」
「わたくしも含めて……ファナシス家は、学術都市の統治から撤退すべきかと。新たな領主は、ファナシス家とはまったく関係がなくて、そして、優秀な方が選ばれるべきだと思いますわ」
「ふむ。キミが領主を継ぐ選択もあると話をしていたが……それは必要ないと?」
「必要ありません」
クラウディアは迷うことなく、きっぱりと言い切る。
もしも俺が同じ立場だったら、どうしていたか?
きっと、迷っていたと思う。
すぐに答えを出せなかったと思う。
それなのに、クラウディアは即答してみせた。
そんな彼女の心の強さを尊敬する。
「よし。なら、そういう方向で話を詰めていこうか。でっかい祭りを開こうじゃないか」
そう言って、シノは、ニヤリと悪い笑みを浮かべるのだった。
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