162話 精霊剣士
弾けた光が一箇所に集合して、小さな人型をとる。
その子……って、呼んでいいのだろうか?
小さな光の子は、犬がそうするような感じで、アリスの回りをじゃれるように飛ぶ。
「もしかして、精霊?」
「正解」
「この前見た時は、ただの光の球だったような……?」
「学院の授業のおかげね。精霊を使役する方法を教わって……あと、名前をつけたの。そうしたらこの子の力が増して、進化っていうのかしら? こうなったの」
「ふふっ、こうして見ると、とてもかわいらしいですね」
アンジュが指先を差し出すと、精霊はくるくると近くを飛ぶ。
犬が匂いをかいで、色々と確かめているみたいだ。
「アリスさん。あなたは、精霊の力を借りて、ゴーレムを撃破したのですか?」
「ええ、そうね」
「すさまじいですね……精霊の力もそうですが、意思疎通を可能とするアリスさんの才能も驚愕です」
「そうなの?」
「精霊はとても気まぐれですから。素直に力を貸してくれるなんて、ほとんど聞いたことがありませんし……こうして懐いているなんて、初めて見ますわ」
「そうなんだ? でも、意外ね。この子、すごくかわいらしくて、簡単に懐いてくれたわよ」
「それは、アリスの人徳じゃないかな? きっと、アリスが優しいことを見抜いたんだよ」
「ハルにそう言われると、照れちゃうわね……でも、そう言ってもらえるとうれしいわ。ありがと」
アリスが笑顔を見せて……
精霊……ヒカリもお礼を言うような感じで、くるりと宙で回転した。
そっくりというか、なんというか。
なかなか良いコンビになりそうだ。
「精霊を使役する剣士……なら、アリスさんは、精霊剣士でしょうか?」
「どう、かしら? 職業は自分で決められるものじゃないし……」
「ですが、精霊剣士は、確か存在するはずですわ。今のアリスさんならば、精霊剣士になっていたとしてもおかしくありませんね」
「そうなのね。今度、ギルドで冒険者カードを更新してみましょうか?」
ちょっと楽しみにしているらしく、アリスは笑顔だ。
ふと思う。
今まで以上の力を得ることができて、アリスは喜んでいるみたいだ。
それはそうだろう。
魔人という脅威を知った以上、力があればあるほどうれしい。
ただ、魔人のことは俺の問題だ。
自分から関わらないようにすれば、今後、接する機会はないと思う。
アリスがこうして付き合ってくれているのは、俺のため。
そのことはありがたいし、うれしいとも思う。
ただ、俺のわがままにずっと付き合わせるなんて、正しいことなのか?
アリスも……アンジュも、なにも気にしていないと思う。
そういう人だから。
でも、そんな彼女達の優しさに甘えてばかりでいいものか?
甘えるにしても、なにかしらの形にして、恩を返すべきではないか?
ふと、そんなことを思った。
「ハル、どうしたの?」
「……ううん、なんでもないよ」
「では、先に進みましょう。ゴーレムは無事に倒せることができたから、もう問題ないはずですね」
念の為、遠くから投石などをして、ゴーレムが完全に沈黙したことを確認する。
反応がないことを確かめた後、残骸の横を通り、扉の手前へ。
「ずいぶん大きな扉だね」
「巨人専用、と言われたら納得してしまいそうです」
「これ、あたし達が開けられるのかしら? 相当な力が必要っぽいけど……」
「大丈夫ですわ。扉のサイズが大きいのは、色々なものを搬出する必要があるから。巨人が使用していたというわけではないので、きちんと、わたくし達でも開けることができる設計になっていますわ」
「なら……んんんっ」
扉をおもいきり押してみるものの、ビクともしない。
ならばと引いてみるが、やはりビクともしない。
「これ、本当に開けられるの?」
「鍵がかかっているので、動かないだけですわ」
「それ、最初に言ってほしかった……」
無駄にくたびれた。
「鍵は持っているの?」
「もちろん、ありませんわっ!」
「なぜドヤ顔かしら……?」
「じゃあ、スキルとかで解錠するしかないのかな? アリスは、解錠スキルある?」
「ううん、持っていないわ」
「すみません、私も持っていません……ハルさんは?」
「俺もないなぁ」
「あら。この扉は、普通の鍵では開きませんわよ。なので、解錠スキルを持っていたとしても意味ありません」
だから、そういうことは早く言ってほしい。
「なら、どうすれば?」
「こうして、魔力を流すのですわ」
クラウディアが扉に触れた。
魔力を注ぎ込んでいるらしく、その手に淡い光が宿る。
一分後……
「ぜぇっ、ぜぇっ、はぁはぁ……」
かなり疲れた様子で、クラウディアが息を切らしていた。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫ですわ……ちょっとした魔力枯渇状態というだけですので」
それは大丈夫といえるのかな?
「このタイプの扉は魔力を注げば開くのですが……どうやら、相当な魔力が必要な様子。これは厄介ですわね」
「どうやって魔力を注ぎ込めばいいの?」
「簡単ですわ。扉触れて、手に魔力を集中させるだけ。そうすれば、自動的に魔力が注ぎ込まれていきますわ」
「こうかな?」
言われた通り、扉に触れて魔力を集中させる。
すると、ぐんぐんと魔力を吸い取られていく感触が。
「おぉ、これは……」
「う、迂闊に触れない方がよろしいですわ。わたくしでさえ、いっぱいいっぱいだったというのに、他の人が触れればどうなるか……」
「クラウディア」
「クラウディアさん」
アリスとアンジュが、慌てるクラウディアの肩にぽん、と手を置いた。
「「大丈夫」」
「え? え?」
「ハルなら、たぶん、問題ないわ」
「そうですね、ハルさんですから」
妙な認識をされているところが、ものすごく気になるのだけど……
まあ、それはそれ。
今は、扉を開けることに専念しよう。
集中して、さらに魔力を注ぎ込む。
ぐいぐいっと勢いよく吸われている感触はあるものの、でも、危機感はない。
軽い疲労を覚えるくらいで、クラウディアのように息切れを起こすこともない。
ややあって……
「お?」
ガコンッ! という大きな音が響いた。
扉の表面に光の線が走り、魔法陣を描く。
それが合図となり、ゆっくりと扉が開いた。
「なぁ!? そ、そんなまさか……この扉を開けるには、普通の魔法使い、百人分の魔力は必要だったはず。それを一人で補うなんて……しかも、まだ余裕が見えるなんて……」
クラウディアが愕然としていた。
「あなた、いったいどういう体をしていますの……?」
「ハルだからね」
「ハルさまですから」
だから、妙な認識を共通させないで?
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