16話 特訓
実のところ、あたしはハルの幼馴染だ。
レティシアのように生まれた時からずっと一緒にいたわけじゃないんだけど……
幼い頃に一年を一緒に過ごしたことがある。
一年も一緒に過ごせば、幼馴染と言ってもいいよね?
ちなみに、レティシアとも幼馴染になる。
もっとも、彼女は完全にあたしのことを忘れているみたいだけど。
ついでに、ハルもあたしのことを忘れていると思う。
というよりは、
あの頃と今では、見た目も声もなにもかも全部変わっているから。
「アリスさんは、ハルさんの幼馴染なんですか? でも、どうしてそのことを秘密に……?」
「ちょっと色々と……ね。ハルに話したらダメだからね。その時は、ハルの小さい頃の話はなし」
「そ、それは……」
「あーあ、ハルの小さい頃を話せないなんて残念ね。ハルってば、小さい頃はかわいいのよ? なにしろ、あたしとあんなことやこんなことを……おっと、いけない。これ以上は、アンジュが約束しないと話すことはできないわね」
「や、約束します! しますから、ぜひっ」
アンジュが興奮した様子で、吐息も荒くせがんでくる。
「約束よ?」
「はい!」
「じゃあ、まずは……そうね。小さいハルがおねしょをして、布団から出てこようとしなかった時の話をするね」
「す、素敵ですっ!」
そんなこんなで……
あたしとアンジュは夜遅くまで、ハルの秘密暴露大会を開催するのだった。
これ、ハルにバレたら本気で怒られるかもしれないわね。
てへっ。
――――――――――
「なにかお礼をさせていただけませんか?」
翌朝。
オータム家の食堂で朝食をいただいていると、アンジュがそんなことを言う。
「お礼、と言われても……」
アリスと顔を見合わせる。
「それなら、昨日、もらったわよね?」
「一晩考えたんですけど、やはりそれだけでは足りないと思いまして……」
「お二人がいなければ、私たちはあの場で全員死んでいたでしょう。その恩に報いるための機会をいただきたいと、そうお嬢さまは仰っております」
アンジュに続いて、ナインも援護をしてきた。
「ハルさん、アリスさんは、なにか望む物……あるいは、望んでいることはありませんか? 全てを叶えるとは断言できませんが、オータム家の名前にかけて、できる限り力になりたいと思います」
「でも……うーん?」
望んでいるものと言われても、すぐに思いつかない。
「アリスはなにかある?」
「あたしも特には……」
「あの……本当になんでもいいんです。無茶なものだとしても、まずは言うだけ言ってみていただいて……」
「えっと……」
アンジュ個人としてもオータム家としても、命の恩人に金を渡してはい終わり、というわけにはいかないのだろう。
善意と、それと家の面子。
その両方が絡んでいる問題なので、簡単に断るようなことはしたくない。
とはいえ、肝心のお願いが思い浮かばないことには……
「……あっ、そうだ」
「なにかありますか?」
「そういうことなら、魔法をいくつか教えてくれないかな?」
「魔法……ですか?」
「俺、習得している魔法は三つだけなんだ」
「「「は?」」」
アンジュ、ナイン……そして、なぜかアリスも目を丸くさせた。
魔法を習得する方法は、基本的には誰かに教えてもらうことだ。
他にも方法はあるのだけど、やたら面倒なので今は説明は省いておく。
パーティーで一緒になった仲間に教えてもらったり、あるいは、金を支払い誰かに教えてもらったり。
昨日、報酬をもらったから後者の方法でもいいのだけど……
でも、アンジュとナインに教えてもらえば、色々な問題が一気に解決する。
「あの……ハルさんは、レベル82の賢者なんですよね? それなのに、三つだけなんですか?」
「えっと……まあ、色々とあって」
こちらの事情は説明してあるけれど、レティシアに関することだけは話していない。
下手をしたら、勇者の悪評を広めていると判断されかねないからな。
「アンジュやナインが教えてくれると助かるんだけど、どうかな?」
「はい、そのようなことでよければ……ナインもそれでいいですか?」
「もちろんです。ハルさまが望む魔法をご教授いたします」
取引成立だ。
しかし、一人アリスは浮かない顔をしていた。
「どうしたんだ、アリス? もしかして、アリスは別に頼みたいことが?」
「あ、ううん。そういうわけじゃないんだけど……」
アリスは深刻そうな顔をして、小さな声でつぶやく。
「……初級魔法であの威力なのに、中級魔法とか覚えたら、いったいどうなるのかしら?」
――――――――――
朝食を食べた後、俺たちは魔法の習得訓練を行うために街の外へ。
アーランドの冒険者ギルドには訓練場があるのだけど……
なぜかアリスが、「街中で訓練なんてとんでもない!」と猛反対して、街の外まで移動することになった。
アリスのヤツ、なんで反対するんだろう?
「では、僭越ながら私が攻撃魔法を。お嬢さまが回復魔法を、それぞれご教授いたします」
「よろしく」
新しい魔法を覚えることができるかもしれない。
そう思うと、俺はとてもワクワクした。
なにしろ、最後に魔法を習得したのは5年前。
しかも、初級の三つだけ。
本当はもっとたくさんの魔法を習得したかったんだけど……
「新しい魔法を習得したい? えっ、なにその冗談、ウケるんですけど。ハルにそんなことできるわけないでしょ、雑魚中の雑魚なんだから。そんな夢見物語を口にしてないで、うまく薪割りするコツでも覚えなさいよ。その方がよっぽど役に立つわ、雑用係さん♪」
……なんてことを言われて、絶対に許可してくれなかった。
今にして思えば、俺を虐げるために弱いままでいてほしかったのだろう。
でも、これからは違う。
色々な魔法を習得して、俺は強くなるんだ!
そして、一流の冒険者になる!
「えっと……ハル? あまりやる気は出さないでね? やる気たっぷりだと、とんでもないことになるかもしれないから」
「え? どういうことだ?」
「まあ……うん。とりあえず、あたしはアドバイザーとして様子を見ているから」
アリスはなにを心配しているのだろうか?
不思議だ。
「それでは、まずは攻撃魔法にいたしましょう。僭越ながら、私が講師を務めさせていただきます」
ナインから中級火魔法『フレアブラスト』の構成を教わる。
魔法の習得というものは、パズルを組み立てることに近い。
魔力というピースを最適な形に変換して、他のものと組み合わせていく。
ピースの成形に失敗したら、そこで終わり。
時間をかけすぎても、生成したピースが崩壊してしまい、そこで終わり。
正確に魔力を練り上げて、それを組み立てていく。
わりと緻密な作業なのだ。
「……と、いうような感じになります」
「なるほど」
「まずは、練習をいたしましょう。中級魔法となると、習得に一ヶ月ほどはかかるでしょう。とはいえ、ハルさまはレベル82の賢者。おそらく、半分の二週間で習得できるのでは……」
「フレアブラスト」
「「「っ!!!?」」」
手の平に収束された魔力が解き放たれる。
巨大な炎のうねりが大地を駆けて、丘を上がり……そして、爆発。
小さな山が一つ、消えた。
「おぉ! これが、中級火魔法の威力か! さすが、中級。初級とは段違いだな」
「「「……」」」
「これなら、俺も戦力になることが……アリス? それに、アンジュとナインも……どうしたんだ、みんな。ぽかんとして」
「だから、イヤな予感がしたのよ……初級魔法でアレだもの。中級になれば、どんな災害を引き起こすことか……」
アリスは頭を抱えていて、
「瞬時に中級魔法を習得した……? いえ、まさかそんな……ありえません。いくら賢者であろうと、最低でも一週間は……世界記録を簡単に更新?」
ナインさんは唖然としていて、
「す、すごいです……! ハルさん……」
アンジュは、なぜか目をキラキラとさせていた。
これはもしかして……
「俺……失格なのか? 今の威力では足りないと、そういうことなのか?」
「「そんなわけないでしょうっ!!」」
アリスとナインが揃って叫ぶのだった。
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