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156話 どこまでもわがままにいこう

 今回のような横暴が許されているのは、アインが……ファナシス家が領主に収まっているからだ。

 権力を手にしているからこそ、好き勝手して、全てが許されている。


 でも、その権力がなくなれば?

 領主の椅子から転がり落ちたら?


 今までのような勝手をすることはできない。

 それどころか、これまでにやらかしてきた愚かな行いのツケを払うことになるだろう。


「どうかな?」

「どうかな、って……」

「突拍子もないアイディアですが、しかし、実行できるのなら、確かに一気に問題が解決すると思います」

「ただ、そのような大問題を、どのように実行するのか、という問題が残りますが……」


 ナインが困惑した様子でこちらを見る。

 どのような策を考えているのですか? と問いかけているかのようだ。


「俺はそれほど詳しくないんだけど……領主が交代するのは、どういう時なのかな? やっぱり、なにかしら問題があった時?」

「あ、はい。そうですね……都市を治めるにふさわしくないと判断された時、解任されたりします」

「ただ、絶対とは言い切れませんね。迷宮都市のような件もあり、上にコネクションを作り、不祥事などを握りつぶすなどして、領主の座に収まり続けることもございます」


 ナインがそう補足してくれた。


「よほどのことがない限り、領主の交代は難しいかと思いますが……」

「なら、よほどのことがあればいいんだよね?」

「確かにそうですが、なにか心当たりが?」

「そこは、人任せになっちゃうんだけど……」


 クラウディアを見る。

 目が合い、もしかして……というような顔をされた。


「俺が今から言うことはひどいことだと思うし、そんな方法なんてと反対されるかもしれない、っていうことは重々承知しているんだけど……それでも、あえて問うよ。クラウディア、家を捨てる気はない?」

「家を……捨てる……」


 彼女の事情は少し聞いた。

 家族に認められるために魔法学院でがんばってきた。


 そのがんばりを全て否定することになるのだけど……

 それでも、他に方法はないと思う。

 これがベストだと信じて、言葉を続ける。


「クラウディアなら、ファナシス家の弱点がどこにあるのか、それなりに推測できると思うんだ。こんな悪事を働いていそうとか、こんな不正を働いていそうとか。で……そんな情報があれば提供してほしい」

「つまり……わたくしに家を売れ、と?」

「うん」


 ごまかしても仕方ないことなので、素直に頷いた。


 みんなが、ぎょっとした顔になる。

 クラウディアを助けるために、クラウディアの家を潰す。

 無茶苦茶な方法だ。

 本末転倒ではないか? とすら考えているだろう。


 でも、俺としては、これが一番だと思うんだよね。


「クラウディアは家のためにがんばる必要はないと思う」

「なら、わたくしは、どこを目標とすればいいのですか……? なんのためにがんばればいいのですか……?」

「自分のためにがんばってほしい」

「あ……」


 クラウディアが目を大きくした。

 そんなことは考えたことがない。

 そう言いたそうな感じで、ぽかんとしている。


「誰かのためにがんばれるのって、すごく立派なことだと思うけど……でも、それだけだと、いずれダメになっちゃうと思うんだ。甘えるというか頼り切るというか……変に依存する形になって、自立できなくなると思う」


 自分自身のことを思う。


 以前の俺は、レティシアに、ある意味で依存していた。

 幼馴染だから俺が一緒にいないと、と考えていて……

 いつか目を覚ましてくれると、自分の考えを持つことなく一緒にいて……


 その結果、重要なことをひたすらに見逃してきた。

 ダメダメすぎる。


「誰かのためにがんばることは、悪いことじゃないと思うよ。でも、それだけじゃなくて、自分のためにもがんばらないと。外と内に同時に目を向けることで、人って、色々な方向に成長していくことができると思うんだ。俺は、アリスやみんなに出会って、そのことを学んだよ」

「わたくしは……」

「家に縛られる必要はないんだ。クラウディアは、自分のためにがんばるべきなんだ。そのために必要なことがあれば、俺は喜んで手伝うよ。だから……」


 クラウディアに手を差し出す。


「一緒にがんばろう?」

「……」


 クラウディアは、じっと俺の手を見つめてきた。


 ややあって、ゆっくりと手を伸ばす。

 ゆっくりと、ゆっくりと……


 でも、俺の手に触れる寸前で止まってしまう。

 それ以上は怖い。

 勇気が出ない。

 そんな感じで、一歩を踏み出すことができないでいた。


 ならば、ここから先は俺の役目だ。


「……あっ」


 俺の方からクラウディアの手を取った。


 迷うのなら。

 悩むのなら。

 俺は、喜んで彼女の力になろう。

 そんなことを伝えるように、クラウディアの細い手をしっかりと握る。


「もう一度言うよ。一緒にがんばろう?」

「……はい」


 クラウディアは涙を溜めつつ……

 しかし、笑顔でしっかりと頷いた。


「あー……話がまとまっているところ悪いんだけど、僕の目の前で大胆な話をしないでくれるかな?」


 シノがとても困った様子で声をかけてきた。


「そんな大胆で無茶苦茶な計画、僕は賛成しないよ? 見逃すこともしないよ?」

「そこをなんとか」

「いやいやいや、ダメだから。確かに、ファナシス家は良い領主とは言えないけどさ」

「悪い領主なら、もっと良い領主にした方が、後々、良いことになるんじゃない?」

「それは……うーん、でもなあ。絶対に混乱が起きるからなあ」

「今のままでも、十分に混乱が起きているような気がするよ。それに……クラウディアの件だけじゃなくて、ファナシス家は、他にも色々とやっているみたいじゃないか」


 軽く調べてみたのだけど……

 権力を盾に、けっこう好き放題やっているみたいだ。

 犯罪ではないけれど、ギリギリのグレーゾーン。

 被害者もたくさんいて、涙を飲んでいる人もいるとか。


「そんな人を領主にしておくと、害しかないと思うけどね。シノが魔法学院を、学術都市を真に思うのなら、改革をするべきじゃないかな?」

「痛いところを突いてくるね……でも、基本的に、ファナシスくんを助けるためのものなのだろう? 一人の人間を助けるために、都市を大混乱に陥らせるなんて、割に合わないだろう?」

「俺にとっては、割に合うよ」

「……」


 即答してやると、シノがぽかんとなる。


「クラウディアの涙を止めることができるなら、都市にケンカを売ってもいいよ」


 そもそも、レティシアを助けようとしている時点で、世界にケンカを売っているようなものだ。

 本来ならば、勇者が闇落ちしたことを知らせなければならないのだから。


 でも、そんなことはしない。

 俺は、俺の大事なものを守る。

 そのために手段を選ぶつもりはない。


 わがままで身勝手で独善的なのは重々承知の上。

 でも、このスタイルを変えるつもりはない。


 だって……人っていうのは、わがままなものだ。

 俺は我慢することなく、自分を押し込めることなく、自由に生きていくと決めたのだから。


「ぷっ……くくく、あはっ、あははははは!」


 シノが大爆笑する。

 なにが琴線に触れたのかわからないけど、涙を流すほどに爆笑していた。


「こんなにわがままとは! なんてすばらしい、まさに理想的な主候補じゃないか。うんうん、いいね。実にいいね。僕好みだ。とても素敵だよ」

「主候補?」

「おっと、失言だったか。そこは気にしないでくれ。それよりもファナシスくん……クラウディアくんの件だけど、いいだろう。僕も協力するぜ」

「本当に?」

「もちろんさ。確かに、ファナシス家には色々と悩まされてきてね。それが解決できるのなら、今のうちにしておきたい。それに……そんなおもしろそうな話を聞かされて、黙っていられるほど僕は大人じゃないんだ。一枚、噛ませてもらおうか」


 そう言って、シノはニヤリと笑うのだった。

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◆◇◆ お知らせ ◆◇◆
再び新作を書いてみました。
【氷の妖精と呼ばれて恐れられている女騎士が、俺にだけタメ口を使う件について】
こちらも読んでもらえたら嬉しいです。
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