152話 単純なこと
「自分で自分を裏切りたくない……」
「俺、自分を押し殺していた時期があって……その時は、なんでもかんでも、とある女の子の言うとおりにしていた。でも結局、それは誰のためにもならないんだよね。だから、やりたいことをやるようにした。自分の心に素直に、正直であることにしたんだ」
「その結果が……わたくしを助ける、ということですの?」
「うん」
クラウディアは目を丸くして……
ややあって、笑う。
「ふふっ……あは、あはははっ」
子供のように、楽しそうに笑う。
「え? ど、どうしたの?」
「どうしたもこうも……そのような理由で貴族に、学術都市にケンカを売る人、初めてですわ。ありえません。驚きを通り越して、おもしろくなってきました」
「そんなにおかしいかな……?」
「ハル」
「ハルさん」
ぽんぽんと、アリスとアンジュに肩を叩かれる。
どことなく慰めているような感じだ。
「ハルってば、そういう方面の常識もなかったのね。でも、大丈夫」
「私達がついていますからね、ハルさん」
俺、なんで慰められているんだろう?
ものすごく釈然としない。
「ハル……どんまい」
ついには、シルファにまでそんなことを言われてしまい……
そんな俺達を見て、再びクラウディアが爆笑するのだった。
笑い過ぎで涙を浮かべるクラウディアは、指先で目尻を拭う。
それから真面目な顔になり、そっと頭を下げた。
「今更、と思われるかもしれません。都合がいいと、不愉快に感じるかもしれません。それでも、あえて謝罪をさせてください。申しわけありませんでした」
「え、なんで謝るの?」
「初対面の時の無礼や、その後の態度は……やはり、問題があるものでしたわ」
「あ、そういう」
そういえば、色々と言われたものだ。
でも、言われるまで忘れていた。
それくらいのことで、大して気にしていない。
それはみんなも同じみたいで、アリス達は別に気にしなくていいのに、というような顔をしている。
「とても自分勝手な言い訳になるのですが……初対面の時は、不審者なのではないかと思い」
「まあ、それは仕方ないんじゃないかな?」
「そうね。全生徒の顔を把握しているあなたが、知らない顔を見つけた。そして、なんの連絡も受けていない。不審者と判断しても、仕方ないと思うわ」
「ですが、その前に、きちんと話を聞くべきでした。そして、その真偽をしっかりと確かめるべきでした。それをしなかったのは、わたくしの落ち度ですわ」
なんだかんだで……
クラウディアは、とても責任感が強いのだろう。
だから、ちょっと暴走してしまった。
ただそれだけのこと。
「それだけではありません。その後、厳しい態度をとったのは……ただの、わたくしの嫉妬ですわ」
「嫉妬?」
「合格者は一握りと言われている魔法学院の試験を潜り抜けて……しかも、学院長を相手に勝利した。そのような方々が現れたことに、わたくしは、単純に嫉妬していたのです。それほどの力、才能があるなんてうらやましい……と」
「そうなんだ……」
「言い訳に……いえ、言い訳にすらなりませんが、わたくしは焦っていました。満足な結果を出すことができず、家に貢献することができず、なにもできず……だから、ついついあなた達にひどいことを。我ながら、とても情けないですわ……改めて謝罪いたしますわ。どのような詫びもいたしましょう。申しわけありませんでした」
「うん」
「……」
「……」
「え?」
「え?」
クラウディアが、こてんと小首を傾げた。
白いカラスを見たような感じで、とても不思議そうだ。
「えっと……それだけ、ですの?」
「なにが?」
「いえ、ですから……愚かな行いをしたわたくしに対して、なにかを要求するとか。あるいは、その身に受けた屈辱を返すとか。そういうことは……」
「え? なんでそんなことをしないといけないの?」
「なんで、と言われましても……」
どのようなことをされても仕方ない、という覚悟はしていたのに。
そんなつぶやきがクラウディアの唇からこぼれた。
そんな彼女を見ていると、なんだか胸が痛む。
たぶんだけど……
彼女は、家ではこのように過ごしてきたのだろう。
常に自分を下に見て、相手を上に見て……
なにかあれば自分に全て非があると思い、ひたすらに謝罪を繰り返す。
なんていうか、ものすごく共感を覚えた。
レティシアに虐げられていた頃の俺とそっくりだ。
ただ、俺と違い、クラウディアの場合は救いがない。
レティシアは悪魔に取り憑かれている、という理由があったのだけど……
クラウディアの場合は、そういう仕方ないと呼べる理由がない。
実の家族から当たり前のように虐げられている。
悲しいやら怒りやら、色々な感情が湧いてきた。
「俺はなにもしないし、気にしていないよ」
「で、ですが……」
「みんなは?」
「あたしも別に」
「私も気にしていません」
「ボクも、わりとどうでもいいかな」
「……」
あっさりとそう言う俺達に、クラウディアは呆然とした。
たぶん、今まで罰を受けて当たり前だったのだろう。
だから、こんなことを言う俺達に戸惑っているのだろう。
すぐに慣れろというのも難しいだろうから……
なんでもいいから、要求をした方がいいのかもしれないな。
その要求は……うん、そうしよう。
「じゃあ、お詫びとして、ちょっとした要求をしたいんだけど、いいかな?」
「あっ……は、はい! もちろんですわ。なんでも言ってくださいな」
「クラウディアの力になるということ、受け入れてくれないかな?」
「え?」
「まだ遠慮しているみたいだから、なんていうか、こう……下手に負い目を感じたりしないで、俺達を受け入れてほしい。 で、問題を解決するために一緒に全力を尽くそう。そんな感じで……あれ?」
なにを言いたいのか、よくわからなくなってきた。
話をまとめるの、ちょっと苦手なんだよな。
「つまり」
アリスが代役を申し出るかのように、口を開いた。
「ハルが言いたいのは、ものすごく単純なことよ」
「単純……ですか?」
「あたし達と友達になりましょう、っていうこと」
「よろしくお願いします」
「よろしくね?」
「……」
アンジュとシルファが手を差し出した。
それを見たクラウディアは、再び目を丸くする。
目の前の光景が信じられないという感じで、何度も何度もまばたきをする。
それから、ようやく幻などではないと理解したらしく、泣き出しそうな笑っているような、とても難しい顔に。
「ありがとう……ございます」
「こういう時は、お礼とかじゃないと思うよ?」
「えっと……」
迷うようなクラウディア。
ややあって、少し自信なさそうに……それでいて、微笑みと共に言う。
「……これから、よろしくお願いいたします」
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