150話 知ったことか
クラウディアのことが気になり、二人を追いかけた。
そして、寮の廊下で、そっと聞き耳を立てた。
聞こえてくる会話は……とても酷いものだった。
アインはクラウディアを虐げて……
クラウディアは、ただただ怯え、謝ることしかできない。
「……」
同じく聞き耳を立てていたアリスとアンジュは、口を閉じているものの、なにかあれば、ふざけるな、と叫んでしまいそうなほど怒っていた。
シルファは相変わらずの無表情だけど、しかし、不快感を瞳に宿していた。
そして俺は……
「ハル?」
アインがクラウディアに手をあげて……
そして、泣き声が聞こえてきた時、もう我慢できなくなった。
扉に手の平を向けて、
「ファイアボムッ!!!」
魔法で扉を吹き飛ばす。
「は、ハルさん!?」
「おー、過激だね。でも、シルファ、そういうの嫌いじゃないよ」
みんなが驚く中、俺は部屋に入る。
魔法の威力は最小限に絞ったため、扉を吹き飛ばしただけで、クラウディアやアインに怪我はない。
いや。
クラウディアは、あちらこちらが腫れて、血が流れていた。
床にうずくまり、亀のように身を丸くして、もう止めてと泣いている。
その姿を見て、激しい怒りを覚える。
全身の血液が沸騰して、どうにかなってしまいそうだ。
俺は、悪魔に取り憑かれたレティシアに虐げられてきたものの……
それでも、彼女にここまで酷い目に合わされたことはない。
罵詈雑言は当たり前だけど、ここまでの暴力を振るわれたことはない。
心の傷も、確かに辛いかもしれないけど……
それでもやはり、肉体的な傷は辛い。
ましてや、女の子ならなおさらだ。
「なんだい、キミは?」
突然、扉を吹き飛ばしたにも関わらず、アインは落ち着いていた。
なるほど。
上流貴族のようだから、度胸はあるのかもしれない。
「突然、そんな無粋な方法で乱入してくるなんて……うん? キミは、さきほど、食堂で見かけた生徒だね。なにか用かな?」
「クラウディアを置いて、出ていってくれませんか?」
正直なところ、激怒していたのだけど……
それでも、一度、話をしてみるべきだと思い、そんな言葉を投げかけた。
「ん? なんだって?」
「あなたはクラウディアの兄と言ったけど、そんな風に妹を殴るなんてありえない。だから、今すぐに、ここから出ていってください」
「ふむ?」
アインは至極真面目な顔をして、首を傾げた。
「キミはなにを言っているのかな?」
俺の言葉の意味が心底わからない。
そのような感じで、アインはとても不思議そうにしていた。
「この愚図は、僕の妹だ。そして、僕は兄。つまり、なにをしてもいい」
「……」
ヒキリ、とこめかみの辺りに力が入る。
「そもそも、これは家族の問題なんだ。部外者が口を挟まないでもらおうか?」
「……」
「さあ、理解したのなら、キミ達の方が出ていくといい」
「……」
うん、理解した。
コイツは、話がまるで通じない。
ある意味で、魔物と同じだ。
いや。
それ以下の存在かもしれない。
「おや? その顔、なぜかわからないが、怒っているのかな?」
「……」
正直、口も聞きたくない。
ほぼほぼ初対面ではあるのだけど、この人の性格は、大体のところを理解した。
決してわかりあうことはないし、共感することもない。
ただただ、平行線を辿り、対立するだけだ。
そんな俺の怒りを察したらしく、アインがニヤニヤと笑う。
その笑みは、自身が絶対的優位にあると確信しているものからくるものだ。
「僕は、ファナシス家の次男だ。知っているだろう? この学術都市を治めるファナシス家を」
「……」
「僕を敵に回すということは、学術都市を敵に回すということ。それが、どのような愚行なのか、この学院に在籍しているのならば、わからないではあるまい?」
「……」
「さて、話は終わりだ。早く出ていって……ふぎゃぁっ!!!?」
ひとまず、全力で殴りつけた。
俺は、近接戦闘は得意ではないけれど……
それでも、全体重を乗せた一撃だ。
良い具合に拳が入ったらしく、アインはカエルが潰れるような悲鳴をあげて吹き飛んだ。
机を巻き込み、ガラガラガラとけたたましい音を立てて床に転がる。
「あなたがどこの誰だろうが、そんなこと、知ったことか」
ひどい目に遭い、泣いている女の子がいる。
その子に手を差し伸べるのを邪魔するというのなら、排除するまで。
貴族だろうがなんだろうが、どうでもいい。
「まったく……ハルってば、止める間もなく、とんでもないことをしちゃうんだから」
「でも、ハルらしくて、シルファは良いと思うな」
「はい! 私もそう思います。とてもハルさんらしいです」
「そうね、そこは同感。そんなハルの方が好きね」
みんなも相当頭に来ていたらしく、俺を咎めることはない。
ちょっと安心。
それと、うれしい。
俺のこと、みんなが理解してくれているみたいで、心が安らいだ。
「……」
ぽかんとしているクラウディアに手を差し出す。
「大丈夫?」
「は……い」
クラウディアは呆然としつつ、そっと、俺の手を取った。
『面白かった』『続きが気になる』と思って頂けたなら、
ブックマークや☆評価をしていただけると、執筆の励みになります。
よろしくお願いします!




