15話 城塞都市アーランド
魔物やその他の驚異を防ぐために、街全体を巨大な壁で囲む街がある。
その防御は鉄壁。
何度か戦火に晒されたものの、一度も陥落したことがないという。
故に、その街はこう呼ばれている。
城塞都市アーランド……と。
――――――――――
三日後。
アーランドに到着した俺とアリスは、アンジュとナインの案内で、そのまま領主さまの屋敷へ。
ぜひお礼をと言われて、豪華な調度品と品の良い花で飾られた客間に案内された。
俺は……ソワソワしていた。
「ハル、緊張している?」
「こんな部屋、今まで入ったことがないから……」
「そうなの? レティシアと一緒に旅をしていたのなら、こういう機会はたくさんあると思うんだけど」
確かにそうかもしれないが……
「ハル、あんたは外で待機ね。わんこのようにおとなしく、主である私の帰りを待っていなさい。え? 一緒に入れてほしい? ありえないでしょ。ハルみたいな雑魚を屋敷に入れたら、その家の人の感性や品性が疑われるでしょ」
……なんてことをいつも言われて、外で待機させられていた。
だから、こんな豪華な屋敷に入るのは初めてだ。
「……なんか、涙が出てきそう」
「どうした? 花粉か?」
「ハルのせいでしょ!」
なぜか怒られた。
なぜだ……?
「おまたせしました」
部屋の扉が開いて、私服に着替えたアンジュが姿を見せた。
その後ろに、ナインが控えている。
こちらは変わらず、メイド服のままだ。
「色々としなければいけないことがあるとはいえ、大恩ある二人を待たせてしまうなんて……申しわけありません」
「やっ、気にしなくていいよ。領主さまの娘となれば、やることもたくさんあるだろう? ましてや、聖女ならなおさらだ」
「そう言ってもらえると、助かります。えっと、その……」
アンジュは対面のソファーに座り……
なぜか、落ち着かない様子でもじもじする。
「その、あの……これは私の私服なのですが、いかがでしょうか?」
「え?」
なんで服の話に?
「いてっ」
隣に座るアリスに、軽く肘打ちされた。
見ると、なにか言いなさい、というような顔をしている。
「えっと……うん、似合っていると思う。かわいいよ」
「そ、そうですかっ!? えへへ……」
アンジュがとてもうれしそうな顔になる。
なんだろう……?
「お嬢さま。今は……」
「はっ!? そ、そうでした。ハルさんを前にしたら、勝手に口が開いて……うーん、私、おかしいですね」
「……無自覚な想いに困惑するお嬢さま、とてもかわいらしいです」
後ろに控えるナインが、ぼそりとそうつぶやくのが聞こえた。
どういうことなのだろうか?
「こほんっ。改めまして……この度は、危ないところを救っていただき、誠にありがとうございました。命を救っていただいたこと、当家の使用人を助けていただいたこと、深く感謝しています」
「あ、いえいえ」
「命の代価などはありませんが……こちらを、せめてもの気持ちとして受け取っていただければ」
アンジュがテーブルの上に革袋を置いた。
ジャラリという音がする。
確かめてみると、中身は金貨だった。
これ……全部?
普通の冒険者の一年分くらいの稼ぎになるのでは……?
「それと、ささやかですが宴の準備をしています。よければ、今夜は当家に泊まっていってください」
いたせりつくせりとは、このことだろうか?
ここまでしてもらうと、逆に申しわけなくなってしまう。
「……ハル、断ろうとしないでね?」
小声でアリスが釘を刺してきた。
「……アンジュは領主さまの娘ということを忘れないで。こういうのを断ると、逆に顔を潰すことになってしまうわ。素直に受けておくことが正解よ」
「……なるほど。助かったよ、断るところだった」
「……まったく、ハルらしいわね」
アリスが苦笑する。
そんな彼女から視線を移動させて、アンジュへ。
「ありがとう。そういうことなら、お世話になるよ」
「はい、よかったです」
「お嬢さま、ハルさま、アリスさま。お茶をどうぞ」
話が一段落したところで、ナインがお茶を淹れてくれる。
いつの間に準備をしたのだろうか?
戦闘だけではなくて、家事も万能らしい。
「おいしいお菓子が手に入りまして……宴の準備が終わるまで、一緒におしゃべりをしませんか? あ、ナインも一緒ですよ」
「はい。では、失礼いたしまして……」
それから、俺たち四人でお茶とお菓子を楽しんだ。
自己紹介の延長のような話をしたり……
それとは別に、趣味や好きな食べ物などの他愛のない話をしたり……
宴はまだなのに、話はおもいきり盛り上がり、楽しい時間を過ごすことができた。
――――――――――
「ふぅ……」
用意された部屋に戻ったあたしは、椅子に座り体をくつろげた。
さっきまで宴が開かれていたんだけど……
なんていうか、予想以上にあたしたちは歓迎されていた。
料理もお酒もかなり上等なもので、ついつい食べすぎ飲みすぎてしまうほど。
おかげで、ちょっとお腹が苦しい。
「領主の娘を助けたとなれば、この歓迎も不思議ではないんだけど……うーん?」
それにしても、少し大げさな気がするのよねー。
良い印象を与えようとしているというか、恩を売ろうとしているというか。
宴を開こうという案はアンジュのものなんだけど、そこにオータム家の色々な人が関わったらしく……
結果、今の形に落ち着いた。
「なにもなければいいんだけど……はーい?」
コンコンと扉をノックする音がして、立ち上がる。
扉を開けると、アンジュの姿が。
「夜分遅くにすみません。もしかして、寝ていましたか……?」
「ううん、大丈夫。食べ過ぎたり飲み過ぎたりして、ちょっと休んでいたところだから。どうかしたの?」
「あの……少しお聞きしたいことがあって、今、大丈夫でしょうか?」
「えっと……うん。どうぞ」
アンジュを部屋に招いて、向かい合うようにして椅子に座る。
「それで、どうしたの?」
「はい。えっと、その……ハルさんについて、お聞きしたいことがありまして」
「ハルの?」
「なんていいますか、ハルさんのことを知りたくて……その、私自身も、どうしてそんなことを思うのかよくわからないんですけど……とにかく、知りたいんです!」
「あー……」
勢いよく話をするアンジュはほのかに頬を染めていて、ハルに対する強い情熱がうかがえる。
危ないところを助けてもらって、一目惚れ……という感じかな?
うん、わかるよ。
あたしも、同じ気持ちを抱いているからね。
「でも、どんな話をすればいいのかしら?」
「えっと……ハルさんの小さい頃の話とか、聞きたいです!」
「小さい頃か……」
「あっ……そういえば、アリスさんは最近になってハルさんとパーティーを組んだんですよね。それじゃあ、難しいですね……」
宴の前のおしゃべりで、あたしたちの事情は説明しておいた。
「うーん……本当なら迷うところなんだけど、でも、アンジュの気持ちは同じ女の子として、同じ立場としてよくわかるし……まあ、いいかな?」
「知っているんですか?」
「ハルには内緒にしててね? あたし……実は、ハルの幼馴染なの」
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