148話 兄と妹
声の方向に視線をやると、メガネと白衣が特徴的な男が。
はて?
見た感じからして学生には見えないから、教師だろうか?
でも、この人の授業を受けたことはないし、今まで、学院内で見かけたこともない。
「……お兄さま……」
誰だろう? と首を傾げていると、クラウディアが掠れた声で言う。
お兄さま?
この人が?
「探したよ。まさか、こんなところにいるなんてね。出来損ないとはいえ、ファナシス家の一員であるクラウディアが、まさか、こんなところで食事をとっているなんて。やれやれ、あまり恥ずかしいことをしないでくれよ?」
「あ、う……も、申しわけありません……」
さきほどの勢いはどこへやら。
クラウディアは体を小さく震わせて、うつむいてしまう。
親に叱られた子供のようだ。
こんなクラウディア、初めて見る。
いったい、なにが……?
「僕からの連絡は届いていたかな?」
「えっと……も、申しわけありません。なんのことでしょうか……?」
「ふむ? ウソはついていないかい? ごまかそうとしていないかい?」
「そ、そんなっ、めっそうもありません!」
「……どうやら、ウソはついていないみたいだね」
一瞬、男が険しい表情になるものの、それはすぐに収まった。
にこにこと笑顔を浮かべる。
「なら、どこかでミスが起きたのだろう。まったく、困ったものだね。クラウディアと同じで、使えない者が多い」
「は、はい……」
「ミスをした者は、今後、特定して、しっかりと教育することにして……まあ、それは後回しだ。クラウディア、キミに話がある」
「ど、どのような話でしょうか……?」
「んー……さすがに、人前でする話ではないからね。キミの部屋に案内してくれるかい?」
「わかりました……」
クラウディアは、未だに小さく震えていた。
怯えているのだろうか?
あれだけ強気で、まっすぐな彼女がこんな風になってしまうなんて。
この男、いったい……?
話の内容を聞く限り、クラウディアの兄なのだろう。
でも、なぜ、クラウディアがここまで怯えるのか?
「あの……」
気になる。
どうしても黙っていることができず、場違いかもしれないけど、口を挟む。
「ん? なんだい? あぁ、もしかして食事の邪魔をしてしまったかな? それは悪いことをしたね。このような場所でしか食べられないのだから、大変だろう」
そこはかとなく、言葉に悪意を感じる。
ただ、この男からは敵意はない。
たぶん、自然に他者を見下しているのだろう。
軽く深呼吸をして、心を冷静に保つ。
「……俺は、ハル・トレイターと言います。彼女……クラウディアの友達です」
「へえ、クラウディアに友達が……いやはや、これはおもしろいことになっているね。っと、すまないね。僕は、アイン・ファナシス。彼女の兄さ。気軽にアインと呼んでくれていいよ」
「では……アインさんは、学院の生徒じゃないですよね? それどころか、学術都市の関係者にも見えないのですが、どうしてここへ?」
「今、聞いていただろう? 妹に、ちょっとした話があるんだよ」
「その話というのは……」
「悪いが、それを話すことはできないね。家族の問題というヤツなのさ」
そう言われたら、これ以上、問い詰めることはできない。
できないのだけど……
でも、ものすごく問い詰めたい気分だ。
この男、気さくそうに見えて、言葉の節々に棘を感じる。
顔は笑っているものの、心の中で相手を見下しているかのような……
そんなイヤな感じがした。
そんな男がクラウディアの兄という。
家族の話があるという。
クラウディアのことが気になる。
気にならない方がおかしい。
「じゃあ、僕は行くよ。ほら、クラウディア、挨拶しておきなさい」
「……失礼いたします」
クラウディアは無機質な声で言い、静かに頭を下げた。
そのまま背を向けて、食堂を後にしてしまう。
「またどこかで」
ひらひらと手を振りつつ、アインも食堂を後にした。
「……」
残された俺達は、なんともいえない空気に包まれていた。
アインとクラウディアのことが気になる……
でも、家族の話と言われたら、これ以上、口を挟むことができない。
「ハル」
「あ……シルファ?」
アインに気を取られて気づかなかったけれど、シルファもいたみたいだ。
「どうして、シルファがここに?」
「えっと……」
案内をしてもらい、そのお礼に人探しを手伝った、という説明をしてもらう。
「アインの探し人がクラウディアとは思わなかったかな。シルファ、もしかして、余計なことをしちゃった? だとしたら、ごめんなさい」
「いや、謝ることじゃないよ。話を聞く限り、その時のアインさんは普通だったみたいだから……」
でも、クラウディアを前にしたアインは、とても歪んでいるように見えた。
感情を荒げることはなくて、終始、落ち着いているように見えたのだけど……
しかし、棘のある言葉やクラウディアに対する悪意が感じられた。
彼女が怯えていたことを考えても、アインが善人とは思えない。
そんなアインが持ってきたという家族の話。
どう考えても、ろくでもない話だろう。
「ハル、どうするの?」
「俺は……」
クラウディアと知り合って間もないし、俺は友達だと思っているものの、彼女の方は同じ気持ちかわからない。
いつもツンツンしているし、敵対的な感情を抱いているのかもしれない。
でも。
「寄り道になっちゃうんだけど……でも、クラウディアが抱えている事情を知りたい。その上で、彼女が困っているのなら力になりたい」
「うん、それでこそハルよ。そんな優しいところは、とても好きよ」
にっこりと、アリスが笑うのだった。
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