144話 約束
「約束……ですか」
そんな理由とは思わなかった。
クラウディアは驚いている様子で、じっとこちらを見つめてきた。
ただ、すぐにハッとしたら様子で視線を逸らす。
よくわからないけど、俺は敵視されている様子で……
そんな相手の話に興味を持つなんて、と思っているのかもしれない。
彼女の態度を見て、こちらも興味を抱く。
なにがそこまで、頑なな態度をとらせているんだろう。
機会があれば、一度、ゆっくりと話をしてみたい。
って……
今、まさにその機会なのでは?
「ちょっと、聞いてもらってもいいかな?」
せっかくのタイミング。
それと……レティシアとの思い出を整理しておきたいという気持ちもあり、誰かに聞いてほしいと思っていたところだ。
言葉にすることで、あの思い出はウソとかじゃなくて、確かにあったものだと納得しておきたい。
「まあ……好きにすればいいですわ。ここは、わたくしの専用の場所というわけではありませんから」
「部屋に戻るという選択肢もあると思うけど?」
「……今はまだ、夜風を浴びていたい気分なのです」
遠回しに、話を聞いてくれる、って言っているのかな?
だとしたら、彼女はなかなか素直になれない子なのだろう。
「実は俺、幼馴染がいるんだ」
「幼馴染……ですか。それは、どのような方ですの?」
「笑顔がよく似合う子で、とても優しくて、それでいて活発で……っていうのが昔の話」
「昔?」
「今は……まあ、色々とあって、暴君みたいな感じになっちゃった。気に入らないことがあれば八つ当たりをしてくるし、暴言は当たり前。手を出されたことはないけど、それに近いことは何度もあったかな」
「それは、また……」
俺の話を聞いたクラウディアは、なんともいえない微妙な顔に。
もしかして、同情してくれているのだろうか?
だとしたら、彼女は高慢なだけではなくて、優しいところもあるのかもしれない。
他人の身に立ってものを考えるということは、なかなかできないことだと思う。
「あなたは……その幼馴染と、どうなりましたの?」
「俺の方から絶縁したよ。もう一緒にいられない、って」
「そうですか……」
「でも……ちょっと早まったかもしれないんだ」
「それは?」
「詳しくは話せないんだけど、彼女には彼女なりの理由があって……まあ、目的とかは未だによくわからないんだけど。とにかく、今まで俺に対してしてきたひどいことは、本意じゃなかったかもしれない、っていうことがわかったんだ」
「それは、あまりわかっていないということでは……?」
「あはは、そうなるよね。でも……」
レティシアのことを思い浮かべる。
昔の優しいレティシア。
今のきついレティシア。
色々なことがあった。
本当に色々なことがあった。
だから、俺は忘れていた。
「最近になって思い出したんだけど、俺は、彼女と約束をしていたんだ」
「そこで約束……ですか」
「うん、約束」
小さい頃の俺は、自分で言うのも情けないんだけど、かなりぽんこつだった。
まともに運動はできないし、勉強も苦手。
友達と遊んでいても、ついていけず、置いてけぼりにされることが多々。
でも、レティシアはいつも一緒にいてくれた。
仕方ないわね、なんて言いながらも待ってくれていて、時に手を差し伸べてくれた。
俺は、そんな彼女が好きだったのだと思う。
だから……
「こんな約束をしたんだ。俺はいつも助けられている。だから、今度は俺が助ける番だ。キミが困っていたら、絶対に俺が力になるよ……って」
「なるほど、それが約束なのですね」
「うん。もう彼女は覚えていないかもしれないし……そもそも、あの頃とは色々なことが大きく変わりすぎた。想像の上をいくような事態になっていた。でも……」
知らず知らずのうちに拳を握りしめる。
「俺は……彼女を助けたい」
「……」
「約束を守りたいんだ」
レティシアの変貌は、悪魔に取り憑かれたことにあるかもしれない。
だとしたら、原因を排除して、元の優しい彼女を取り戻したい。
そして、できることならば……
また昔のように。
過去のことばかりを考えていて、これからのことに目を向けていない。
それは逃げだ、と言われるかもしれない。
でも、これは俺にとって、絶対にやらないといけないこと。
当初は、レティシアから逃げて目を逸らしていたけど……
それじゃあダメだ。
過去から逃げることはできても、己の心から逃げることはできない。
しっかりと向き合い、乗り越えないといけないんだ。
「……」
クラウディアは、どこか神妙な顔をして、口を挟むことなく俺の話を聞いていた。
今の俺の話を聞いて、なにかしら考えるところがあったらしい。
とはいえ……
ちょっと恥ずかしい。
今まで、自分のことを語るなんて、あまりしていない。
話をしたのは、アリスとアンジュくらいだろうか?
それなのに、出会ったばかりのクラウディアにこんな話をしてしまうなんて。
というか、できることならこの機会を利用して、クラウディアの話を聞くなどして仲良くできれば、と思っていたのだけど……
気がつけば自分のことばかり話してしまった。
なにをしているのだろうか、俺は?
「えっと、俺は……」
「……」
「クラウディア?」
なぜか、彼女は笑みを浮かべていた。
よく見ないとわからないくらい小さな笑みだけど、確かに笑っていた。
「……そうなのですね。信念もなにもない、適当にやってきただけと思っていましたが、それはわたくしの早とちり。あなたにも、ちゃんと思うところが……」
「えっと……?」
「いえ、なんでもありませんわ。今の言葉は、気にしないでください」
「え? あ、うん」
「では、おやすみなさいませ」
クラウディアは一歩、後ろに下がる。
それから優雅に一礼して、屋上を後にした。
「……」
俺は、特になにも言うことはできず、引き止めることもできず、ぼーっと彼女の背中を見送る。
それから、少しして気がついた。
「今……おやすみ、って言ってくれたよね?」
今までのクラウディアの態度を考えると、挨拶なんて絶対にしてくれないはずなのだけど……
でも、そんなことはなくて、ちゃんと挨拶をしてくれた。
生徒会長だから、という理由ではなくて……
俺のことをきちんと見てくれていたような気がする。
「……なんとか、やっていけそうかな?」
自分でもわかりやすい性格だと思うのだけど、そんなことを思い、笑顔になる俺だった。
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