143話 一日の終わり、夜の屋上で
魔法学院の授業はとても新鮮だ。
講義では、俺の知らない魔法理論を深く広く教わることができた。
実践では、魔力のコントロールなどを教わり、そんな方法があったのか、と何度も感心した。
強くなること。
悪魔について調べること。
この二つの目的のために、魔法学院にやってきたのだけど……
全てが新鮮なことで、当初の目的を忘れて、このままずっと滞在したくなる。
学院の生徒になって、生涯を魔法の研究に捧げたい。
「って、いけないいけない」
冷たい夜風が吹いて、我に返る。
ここは、学院の寮の屋上だ。
寮も用意されていて、毎日三回、ごはん付き。
学院長の試験を突破したということで、学費も免除。
いたせりつくせりの生活だ。
「新鮮なことだらけの一日だけど……でも、疲れたなあ」
驚きの連続で、肉体的にも精神的にも疲労してしまった。
部屋に運んだ荷物の片付けなどが残っているのだけど……
それは、後日に後回し。
ちょっとした休憩をするために、屋上に出てみた、というわけだ。
「あら?」
「うん?」
ガチャンと、屋上に続く扉の開く音が。
振り返ると、クラウディアがいた。
「うっ……ハル・トレイター……」
こちらを認めると、クラウディアはとてもイヤそうな顔をした。
そんな顔をしないでほしい。
できることなら、クラウディアとも仲良くしたいと思うし……
ちょっと傷ついてしまう。
「このようなところで、なにをしているのですか?」
「色々とあって疲れたから、夜風を浴びてのんびりしようかな、って」
「ふんっ、たった一日でもう弱音をこぼしているのですか? 情けないですわね。男性ならば、もっと強くたくましくあるべきなのでは?」
「男でも疲れる時は疲れるよ。そこは、性別は関係ないんじゃないかな?」
「むぐ……」
クラウディアが苦い顔に。
たぶんだけど……
俺の言うことに多少なりとも納得して、しかし、そのことを苦々しく思ったのだろう。
よくわからないけど、クラウディアは俺のことを敵視しているからな。
共感したとなると、色々と納得できないのだろう。
「ところで、クラウディアはどうして屋上に?」
「……」
「話したくない?」
はあ、とクラウディアがため息をこぼす。
そして、どこかふてくされたような感じで言う。
「わたくしの日課なのです」
「日課? 散歩とか?」
「似たようなものですわ。一日の終わりに、色々な感情をリセットするために屋上へ足を運び、夜空を見上げていますの」
「中庭とかじゃダメなの?」
「少しでも空に近づきたいので」
そう言うクラウディアは、どこか寂しそうな顔をしていた。
わがままで、思い込みの激しい女の子。
最初は、そんなイメージを抱いていたのだけど……
星が輝く夜空を見上げる彼女を見て、少し印象が変わる。
もしかしたら、クラウディアは寂しがり屋なのかもしれない。
「俺、もう少し夜風を浴びていたいんだけど、ここにいてもいいかな?」
「好きにすればいいではありませんか。この屋上は、わたくしのものというわけではありません」
「でも、俺がいたら、クラウディアが落ち着かないかもしれないし。邪魔をしているみたいだったら、おとなしく部屋に戻ろうかな、って」
「……」
クラウディアが目を丸くした。
「なんで驚いているの?」
「なんでもなにも……どうして、そのようなことを言えるのですか? 屋上には、あなたが先に来ていたでしょう。立ち去るとしたら、後から来たわたくしの方ですわ」
「クラウディアも言ったけど、この屋上は俺のものじゃないし。占有権なんでないよ」
「……」
「でも、俺がいることで不快になるのなら、それはちょっと申しわけないというか……だから、一人がいいならそう言ってほしいかな」
「……そのような言い方は、ずるいではありませんか。本当に口にしたら、わたくしが悪者になってしまいます」
「えっと……ごめん」
そこまで考えが至らなかった。
「謝らなくてもいいですわ。しかし……もしかして、あなたは自己犠牲が強いのですか?」
「え? どういうこと?」
「誰かのために我慢する、というような印象を受けたので。屋上にいるいない、という話だけで、そのようなことを判断するのは早計かと思いますが……なので、あくまでも印象の話です」
「うーん……どうなんだろう?」
自分を犠牲にしている、という考えはあまりない。
ない……と思う。
ただ、自分のことをあまり気にしていないというところは、あるかもしれない。
レティシアと一緒に旅をしていた頃は、良くも悪くも、全てを彼女優先で考えていた。
だから、自分のことを後回しにするクセがついているのかもしれない。
しれない、というだけで、実際のところはよくわからないんだけどね。
「俺の好きにしていい、っていうこと?」
「そのように言っています」
「そっか。うん、ありがとう」
「このようなことで、お礼を言われましても……」
クラウディアが困惑したような顔になる。
「……」
「……」
それから少しの間、互いになにか喋るわけではなくて、のんびりと夜風を浴びていた。
遠くから虫の鳴く声が聞こえてくる。
穏やかで、心地良い時間が流れる。
「……一つ、お聞きしたいことがあるのですが」
ややあって、クラウディアがそっと口を開いた。
「うん、なに?」
「あなた方は、なぜ魔法学院に? 差し支えなければ、理由を聞かせていただけませんか?」
「それは……うーん」
魔人に対抗する力を手に入れるため。
それと、悪魔に関する知識を得るため。
こんなことをいきなり口にしても、信じてもらえないだろう。
「どうしたのですか? 口にできないようなことなのですか? それとも、プライバシーに大きく関わるような問題が?」
「えっと、色々とあるんだけど、一言で説明するのは難しいというか、納得してもらえるかわからないというか……それでも、簡単に言うとしたら、約束を果たすためかな」
「約束?」
「うん。大事な人と約束をしているんだ」
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